ゴゴログ

ゴゴトモヒロがモノゴトの本質を考えるブログ

タグ:雇用

先日、こんなネット記事が出ておりました。

安倍首相が力を入れる第三子以降に特化した少子化対策は効果があるのか?

安倍首相は2014年7月19日、少子化対策において特に第三子以降に特化するやり方を積極的に検討すべきだとの考えを示した。第三子以降を重点化するやり方は、即効性が高いといわれているが、一方で経済的問題という大きな障壁も存在している。
さて、これを見て皆さんどう思われますか?

この方針のとおり、第三子以降に特化することでどこまで少子化対策に効果があるかは、ゴゴもよく分かりません。しかし裏を返せば、第二子までは経済的な政策支援の意義は低いともとれます。そして、これは正しい判断です。

少子化対策として、育児におカネがかかるから子ども手当など経済的支援を、みたいなハナシが良く出てきますが、個人的にはこれは効果の薄いバラマキ・愚策だと考えています。育児におカネがかかるという問題意識を持つのは、こどもを産んで育てて初めて実感できることであり、カネがあろうとなかろうと、カップルがいれば一定割合でデキちゃうものはデキちゃうワケです。


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前回、社会的公正の観点から、「おこづかい稼ぎ労働」の引き締めをすべき、と書きました。(おこづかい稼ぎ労働って何よ、という方は、長いですがその1からご覧ください。。)

今回はその具体的な政策論で、かつ、ここからが、数年来書きたいと思っていた話です。 まずは「引き締め」の前に、労働者間の競争条件を揃えることも必要です。今回のシリーズ(その1)で、イコールフッティングの話をしましたが、企業側が、社会保険も必要としない労働者を選好するというマーケットの歪みをただすために、全ての労働賃金に、一律に各種社会保険・年金をかける、という事を行なうべきです。

その上で、雇用保険の受給資格を満たさなかったりするなど、制度の適用外の個人には、後から還付するようにすれば(これはこれで実務大変だとおもいますが)、個人側の過剰負担を回避しながら、雇用形態にかかわらず、労働コストを一律とする事ができます。

これではじめて、「家計の担い手」と「おこづかい稼ぎ労働者」の、労働市場での外形的な競争条件がそろいます。もちろん、雇用期間の安定性以外の、正規・非正規の格差も解消されます。 ちなみに、雇用保険にまつわる話をすると、法律上、こうした考え方がもともと予定されていたのではないか?というフシがあります。

雇用保険法という法律では、労働者側の受給資格(例えば、週20時間以上働く者でないと、雇用保険の対象とはならない、など。)と、受けられる保険給付の内容を定めています。これにより、働く状況に応じた適切な給付を行うとともに、たいして働かないのに失業給付のみ受けるという制度の濫用を最低限カットしています。 一方で、雇用保険と労災保険を合わせ、労働保険料をいくら払うかということについては、労働保険徴収法という別の法律で定められていますが、そこではこう規定されています。

(一般保険料の額)
第十一条  一般保険料の額は、賃金総額に第十二条の規定による一般保険料に係る保険料率を乗じて得た額とする。
2  前項の「賃金総額」とは、事業主がその事業に使用するすべての労働者に支払う賃金の総額をいう。

これを見ると、アルバイト・パートにかかわらず、全ての賃金に対して保険コストがかかるようにみえます。ところが、労務実務にあまり詳しくはないですが、雇用保険については受給資格がない者の保険料は実際には徴収しておらず、労災保険については一律徴収しているというのが現状の実態のようです。

これが本当だとしたら、現状の雇用保険の運用は法律に沿ってないという大問題なのですけど。。この点を指摘する話は検索かけても見当たらないのですが、あるいは徴収法上、どこかにきちんと除外要件が定められているのでしょうか?
(ご存知の方いらっしゃれば、ぜひ教えてください。)

雇用保険の話が長くなりましたが、政策論としても法律論としても、雇用形態にかかわらず各種保険料を一律にかけるというのは、変な話ではないというか、本来そうあるべきじゃないのとゴゴは考えるのですが、いかがでしょう?


さて、その上でやっと本題?の「学生アルバイト・主婦パートの規制」についてです。このタイトル、少し目を引きやすいようにこうつけましたが、全体読んでいただければ分かるように、「おこづかい稼ぎ労働」の引き締めの話を意図しています。 今の世の中、そんな気楽な学生・主婦の方がどこまで残っているのかアヤシイところではありますが、その残像を含めて労働市場から締め出さないと、低賃金で均衡がなりたっているサービス産業の労働市場の改善はできません。

で、具体的に何をせえっていうねん、という話ですが、それはズバリ、学生の週あたり労働時間の制限と、主婦の扶養認定基準の引き下げです。要するに、「おこづかい稼ぎ労働は、ほどほどにしとけよ」と、「総量規制」をかけたらどうか、ということです。

学生にしろ、専業主婦にしろ、「本務」は労働と別にあるはずです。とすると、一日あたりの適正なおこづかい稼ぎの時間は、せいぜい2〜3時間くらいでしょう。なので、学生については、就労する場合には学校の許可を得ることにして、原則週10~15時間、特別な事情がある場合は別途、と規制をかけてしまえば良いと思います。確か、アメリカでは現にそんなことになっていたような気がします。

主婦については、時給800円程度で一日例えば3時間までと想定して、月労働日数を仮に20日とすれば月収48000円、ざっと月5万円で年間60万円までを各種扶養認定の基準として、現行基準から大幅引き下げすればよいと思います。

現実には、学費を稼ぐためだったり、厳しい家計を支えるために、時間のやりくりをしながら頑張って働いている方が多いと思うので、奨学金制度だったり夜間学校だったり、保育の充実などでフルタイムではないけれど本格的に働ける制度や環境の整備も合わせて考えないといけません。

しかし、いびつな労働市場が存在する結果、こうした学生・主婦も含めて賃金水準が上がらず、働いても生活保護費に満たない収入しか得られないなんてオカシナ状況は、決して認められるものではないとゴゴは考えます。そして、マーケット環境の是正で賃金水準が上がり、デフレから脱することができるなら経済的にもプラスです。

もちろん、国際競争の中で、賃金水準の上昇に耐えられない産業も出てくるとは思います。しかし、そうしたマイナスもありつつ、産業構造の新陳代謝が実現し、持続的な経済・社会の発展が図られていく。これこそ骨太の政策というものではないでしょうか?

前回のつづきです。

「家計の担い手」と「おこづかい稼ぎ労働者」で、昔は二つに分かれていた労働市場が、近年混じり合ってしまっているとの考えを前回お話しましたが、その背景は何か、ありていに言えば、日本における製造業の衰退とサービス産業の発展です。

工場労働が減り、仕事にあぶれれば、当然需要の拡大する別の産業分野に移動しようと考えます。一方で、サービスセクターの側も、ビジネスの拡がりの中で、より多くの労働力を必要とします。ここで、従来は製造業で働いていた人のサービス産業への流入が発生します。

ところが問題は、飲食・小売の接客や、事務派遣などをはじめとするサービス業は、その成り立ちにおいて、学生やパート、あるいは昔の良き時代?のフリーターによって支えられてきたことから、今でも平均的に賃金水準が低く、場合によっては各種社会保険を必要としない働き方が基本前提になって、労働市場の相場が出来てしまっています。

この結果、「家計の担い手」と「おこづかい稼ぎ労働者」が、同じ労働市場で競合することになります。当然、雇う側としては、安い方が基本的にはいい訳で、「家計の担い手」の賃金水準その他待遇も、「おこづかい労働者」の方にひっぱられます。

近年、派遣や契約社員などが非正規労働として、正社員との待遇格差が問題視されていますが、そこはまさに、かつて分かれていた二つの労働市場が重なり合う主戦場であるが故に、問題が大きく顕在化したものとゴゴは考えます。派遣や契約労働といった雇用制度そのものが悪いわけではなく、格差のある労働条件でも、一定数の満足する労働者が存在し、そこに業界水準が引っ張られている、ということが問題の根本なのではないかと思います。
(もちろん、正社員の雇用保護が強いがゆえに、しわ寄せが非正規にいっている、というよく語られる構造も、別の話としてありますが。)

というところで、表題の「学生バイト・主婦パートの規制」という話ですが、少し乱暴な結論から言えば、「おこづかい稼ぎ労働」の引き締めを行い、「家計の担い手」にとっての賃金水準を引き上げる方向に持って行くことが、社会的な公正の観点からは、必要ではないかということです。

こういう言い方をすると語弊があるかもしれませんが、「賃金水準とか社会保障なんてどうでもいいから、ヒマな時間でちょっとしたおこづかいを稼ぎたい」というような、ある意味労働力をダンピングするような労働者の存在に引きずられて、家計を支えるために一定の賃金水準を必要とする「家計の担い手」の収入が場合によっては生活保護費よりも低いなんて状況は、どう考えても社会的に正しいとは思えません。

(現実には、学生バイトや主婦パートとはいえ、学費や家計の支えのために働いている方も多くいらっしゃるので、そうした皆さんまでひっくるめて、ヒマなのに働いている、というつもりはありません。念のため。)

賃金水準の引き上げは、企業や経済全体への影響も考えて議論するべき話ですが、ちょうど最近話題になっている吉川洋先生の新著「デフレーション」においても、日本のデフレの根本原因には、日本特有の賃金水準の切り下げがあるとの見方をされているようなので(買ったんだけど、まだ読めてません。。→読みました!良書です!)、経済全体の観点からも考えるに値することではないかとゴゴは考えます。
デフレーション―“日本の慢性病"の全貌を解明する [単行本]


では、「おこづかい労働」の引き締めって何よ?どうすんのよ?ってところなんですが、またまた長くなってしまったので、また次回。(いつも引っ張るカタチですみませんが、それだけ本質は深いものだということで。。。スミマセン。)


(つづきを読む)

さて、今回からは「雇用政策」について考えます。教育と雇用、結構セットで語られるので、テーマ変更にはちょうど良いかと。(でも、ここでは教育とつながる話は多分出て来ません。)

実は、ゴゴは経産省から厚労省・職業安定局っていう、雇用政策を扱う部局に2004〜2006年の2年間ほど出向してました。そこでの知見も含めて、雇用政策に関するいくつかの本質的な問題を考えたいと思います。

まず、今日は、そもそも論として、「なぜ学生バイト・主婦パートは規制されないのか?」について考えたいと思います。

労働市場というのも、一つの取引マーケットですが、マーケットの中では、プレイヤー間の「イコールフッティング(equal footing)」について、が良く論点になります。まあ、そんなカッコいい言葉を使わずとも、競争条件は平等か?ってことです。たとえば、旧郵政公社時代、税金も払わずに民間と同じサービスをするなんて、競争条件が違うじゃないか、不平等だ、と非難されたような話です。まあ、当然の主張ですね。最近では、JAL対ANAが同じような論争してますが、ああいう話しです。

で、これを労働力マーケットで考えると、「学生バイト・主婦パート」ってのは、イコールフッテイングではない存在なのではないか、ってのがゴゴの問題提起です。別に、学生や主婦が悪いというワケではないのですが、彼らの労働の多くは、雇用保険や年金負担といった労務コストがかからず、また、これは全員とは言いませんが、おこづかい稼ぎ的な理由で働いていて、賃金水準が低くても満足する層が多く存在すると思われます。

こういう労働者が、通常の労働マーケットに入ってくればどうなるでしょうか?当然、企業側としては、社会保険負担もなく、しかも比較的安い賃金で満足してくれる彼らを優先して使おうとするでしょう。

昔は、これでも問題ありませんでした。工場労働を含む、「家計の担い手」のための労働市場と、おこづかい稼ぎ的な働き手の労働市場は、ほぼ分断されていたのです。

かつて、製造業を中心に経済が拡大する中では、基本的にフルタイムでガッツリ働ける人間は常に不足し、当時の経済の中でそれほどの存在感がなかった小売・サービス業などは、本格的には働けないけど少しの時間はある学生・主婦を労働力として捕まえるしかないという状況で、「家計の担い手」と、「おこづかい稼ぎ労働者」は、基本的に混じり合うことがなかったからです。

こうして、実質的に二つの労働市場が分かれて存在していたのが、近年は混じってしまっており、これが、日本の雇用問題の大きな背景になっているとゴゴは思うのですが、あまりその点について論じるのを聞くことがありません。

また少し長くなってしまったので、なぜこの二つの労働市場が混じるようになってきたのか、そしてその問題点と、表題にある「学生バイト・主婦パートの規制」を、次回考えたいと思います。

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