ゴゴログ

ゴゴトモヒロがモノゴトの本質を考えるブログ

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教育

「こども保険」はいいけれど、中身が単なるバラマキじゃ意味がない

本日のテーマは「こども保険」です。
(いつにも増してマジメにどうかと思ってるので、今回はなるべく毒なし煽りなしで。。)

「こども保険」は、小泉進次郎氏ら自民党若手議員により提言されている政策案で、現行15%ほどの社会保険料率に、まずは0.1%の上乗せをして幼児教育・保育の負担軽減、ゆくゆくは0.5%まで引き上げて幼児教育・保育の実質無償化を図る、というアイディアです。

この「こども保険」については、本来的には「保険」制度にはなじまないとの財源のあり方に関する批判があり、これはこれで論じるべき点は確かにあります。

・理解に苦しむ「こども保険」
https://news.yahoo.co.jp/byline/nakatadaigo/20170330-00069327/

しかしながら、それなら消費税をさらに上げてやるといっても、それはそれで政治的に難しいとの現実的な判断も確かになあというところで、個人的にはまあ社会保険でやるのもありかな、と思っています。

むしろ、問題だと思うのは集めたお金の使い方です。 
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「少子化対策」にもうカネかけなくてもええやろと思う今日この頃

今日も続けて少子化にからんでの話しです。(昨日の真面目分析系と違ってぶっちゃけ系なので今日は文体も毒入りモードでお届けします。)

昨日の出生率上昇の記事は実は前フリみたいなもんで、今回の話の方が個人的には最近ずっと考えていることなんですが、まさにタイトル通り、「少子化対策」を名目に税金やら投入しようとか言うの、もうやめたらどう?ということです。

少子化というと、まさに昨日の記事などのように「xx年後には日本の人口は~万人まで激減!」みたいな危機感がうたわれ、だから少子化対策が重要、そんで子供をもっと産んでもらいたいなら保育所増やせ、こども手当だか保険だか経済支援も手厚くしろ、まあ大体こんな話になるわけです。 

でもね、今後数十年くらいの近い未来とそこに生きる自分の子ども世代のことを考えると、「子どもを増やそう!」というのは当面あきらめて、もっと別なこと、例えば教育関連に政策リソースをフォーカスするべきちゃいまっか?と強く思うわけです。

そもそも「少子化対策」なんてムダだし。。(ボソッ)

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教育の「課題」を考える ~未来を変えるデザイン展に寄せて~

昨晩、六本木のミッドタウンで行われている「未来を変えるデザイン展」の中の、教育をテーマとしたイベントに参加してきました。

教育×デザインということで、ゴゴ的には「どハマり」なテーマで、色んな話しが聞けて面白かったのですが、今回のゴゴログは、その場で聞いた話しよりも、その場をきっかけにして考えたことが話しのネタです。教育に関するいくつかの企業さんの話しを聞きながら、ふと、そもそも未来に向けた教育の「課題」とは何なのか、教育を「デザインする」というのはどういうことなのか?と考え始めたのですが、これがなかなか深い。。。

教育の課題と言えば、これからの時代で教えるべき内容から、IT活用を含めた効率的な勉強法など、色んな角度からの打ち出し方があります。しかも、「デザイン」と言うと、何となく分かるようで、実は具体的に何をするのかよく分からない。一体、何を考えることが本質課題なのかが良く分からなくなりました。

で、このあとちょっとした趣向で本編(?)が長くなるので、先にゴゴなりにまとめた結論を言ってしまうと、
・未来の教育に向けた最大の課題は、「学ぶことの価値・楽しみ」は何か?を明らかにすること
・それをデザインするとは、価値・楽しみを理屈で伝えるのではなく、感じさせる方法を編み出すこと
となりました。


さてさて、以下ではなぜこうした結論に至ったか、ゴゴのアタマの構造に興味を持っているファンもいらっしゃるだろうと勝手に妄想しつつ、今回のゴゴログではあえて理屈をキレイに整理しきらずに、イベントの話し聞き半分に「脳みそとおしゃべり」していたことを、なるべく「思考そのまま感」を残しながら再現してみたく思います。(アタマの中は関西弁なので、読み苦しい方にはスミマセンが、あしからず。。。)

***

教育とデザインか。。。そもそもデザインって何やろ?「デザイン」って何をどうすること?「教育をデザインする」って、よく考えるとまったくイメージ浮かばんな。「学ぶ楽しみをデザインする」なら、何となくイメージできそう。「教師と生徒の関係性」もデザインできそう。「デザイン」の「対象」になることって、いったい何なんやろ?

そもそも、「教育」ってコトバには、何も価値を含んでないなあ。。。「教え育てること」、それだけやな。「教育」の「課題」っていっても、「教育」という概念そのものに価値的な実態がないなら、課題も考えようがないなあ。「教育の課題」って、ホントはなんのことを言ってんだろ?例えば、教育の目的を「社会で活躍し、生き抜く力を身に付けること」って置くとするなら、確かに課題感はあるな。現代~未来の社会は、変化が早くなってるみたいやから、学ぶべきこともどんどん変わっていくしな。。。

とすると、何を教えるべきか?って「教育の内容」についての課題が一つ出てくるな。しかし、どんどん多様化して変化する世の中で、何を教えるべきかって、なかなか一義的には決められんわな。自分で学びとるものを自律的につかんで行かんと、どうしようもない。そしたら、変化の波に対応する「自律的な学びのスタンス」をどう作るかって方が、「教育課題」としては本質っぽいな。

・・・「波」を乗りこなすっていえば、サーフィンやな。サーフィンって、なんでみんな一生懸命練習するんやろ?最初は立つどころか、波つかまえることもできんし、流されては沖に出るの繰り返しでパドルで腕つりそうになるし、波の状態悪かったらせっかく海いっても練習にもならんし、ある意味、「社会で活躍するための勉強」と同じような苦行にも思えるけど。。。波乗りできたら楽しそう、って感じがあるからか。そしたら、「学んだら、楽しいことができる」って感覚を持てたら自律的に勉強するのかも。でも、どうやったらそれを感じられるんやろ?

何かのプロジェクトなどを通じて、達成/実現したい、でも足りないものがある、という体験があれば、学びへの自律的スタンスがうまれるかもな。。。そういや、昔「Beep」(※)で、ゲームの中で画像を回転させるには三角関数の式を使ってプログラムを組まないといけない、みたいな話があったはずだけど、そういう「学べばできること」が具体的にあれば、喜んで勉強するかも。。。

(このあたりで、フロアへの意見投げかけがあり、ゴゴから「学びの楽しさをどう感じさせるか」という課題感をかいつまんで説明。すると、ファシリテーターが繋いで、別の参加者から、「既成概念を崩すというか、子ども達にそれまで考えたことがなかっただろう違う切り口を見せると、ハッとして、その瞬間に『やる気スイッチ』が入るのを感じることがある」との意見あり。この人もなかなか深い。)

なるほど、何かができるようになりたい、だけではなく、新しい世界をのぞきたい、というのも学びへのスタンスにつながるな。。。ただ、その対象が目先のことだけでなく、どこまで広い世界・長い時間軸で考えられるかで、スタンスの質は変わるな。ゲームがうまくなりたいってのもある意味、似たスタンスなんだろうけど、狭い世界の短い時間軸の話やからちょっと足りんな。どうやって、広い世界・長い時間軸という、大きな時空の中で、学ぶ楽しみを「感じ」させられるか、その手法を編み出すのが「デザイン」といえるな。

***

とまあ、これでもかなり記事にするために言語化してしまっているわけですが、もっとコトバ以前の混沌とした思考イメージでぐるぐる自分の脳みそと話した結果をまとめると、上記の結論になるのでした。

で、繰り返しになりますが、「学ぶ楽しみとは何か、その体験をどうデザインするか」が、今後考えていきたい大きなテーマとして、一つクリアになりました。一緒に考えてくれる人、大歓迎です。


Beepとは、かつて存在したマニアックなPC中心のゲーム雑誌。ゴゴは小中学生くらいにこの雑誌を愛読しており、一時期はゲームプログラマーになりたいと思っていたのだが。。。そのまま進んでいれば、今頃天才プログラマーとして大成功してたはず?

ちなみにこの時の記事は、「アサルト」っていうアーケード戦車ゲームで、ぐるぐる画像を回転させる機能が実装されたのがいかにスゴイのか、って話だったと、なぜか強烈に記憶してます。中学生当時は当然、三角関数なんて概念さえわかるはずもないのですが、「θ」がどうやらとか、そんな話が何十年たっても焼き付いているというのも不思議なもんです。
プロフィール
むかし経産省、その後リクルート、40過ぎで特にあてもなく会社辞めて今は半分主夫・子育てしながら色々会社手伝ったりで今のところプラプラしてるおっさん。 面白い案件なら経営一般・組織人事系or政策関係のコンサルやらベンチャーの管理部門系のお手伝いできるかもです。ご相談ある方は下記アドレスにお願いします。 gogot(at)io.ocn.ne.jp
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