本ブログ、あいかわらず概ね月1くらいの低空飛行ですが、久々の今回テーマは「非正規雇用」についてです。

特段タイムリーなネタでもないのになぜに今更?というハナシですが、発端は少し前にNewspicksで見かけたこの記事。
「非正規」という差別的な身分制を禁止し、同一労働同一賃金を実現すればよい[橘玲の日々刻々]

 この記事では、
 日本では働き方をフルタイムとパートタイムに分け、フルタイムの労働者を会社の正式なメンバーとしています。しかし考えてみれば、労働時間の多寡で身分を決めるのも同一労働同一賃金の原則に反します。パートやアルバイトであっても、正社員と同じ仕事をしていれば平等に扱われるべきです。 

 として、正社員と非正規社員の違いを「労働時間の違い」で捉えています。さらに、こうした「差別的な扱い」を解消するために、
非正規という身分を法で禁止し、すべての労働者を「正社員」にしてしまえばいいのです。
 と述べています。

少しでもわかっている人には、「・・・(なんじゃこれ?)」という感じだろうと思いますが、NP民の皆様におかれては、「なるほど!」「分かりやすい!」的な賞賛コメントの嵐でございました。(いったい、「意識高い層」の人々の知的水準は大丈夫なんだろうか。。。)

かくの如き悲惨な状況を見過ごすことはできん、というワケで、いまさら解説するまでのハナシでもないと思っておりましたが、衆議院議員総選挙を控える最中、「非正規問題」の基礎について今回扱うことにしました。
***

まず、正規(正社員)-非正規の違いについて、そもそも何をもって正社員とするかについて、法律などで正式に定義されたものはないんですが、「フルタイム」かつ「期限の定めがない(無期雇用)」という二つの要素を満たしたものを指すことが一般的です。 

ちなみに「期限の定めがない」というのは耳慣れないと思いますが、1年など期限を定めて雇用する「契約社員」と対比すれば理解しやすいでしょう。つまり、特に雇用期間を定めず、定年まで継続雇用することを前提とした雇用形態です。

で、正規-非正規の違いや問題の所在というのは、フルタイムか否かよりも、無期雇用か有期雇用(例えば1年更新)か、ということに大きく根差しています。つまり、まずもって橘氏の説明は根本的に間違っているのです。

さて、なんで有期か無期かが大きな問題かというと、ここでもう一つ、「解雇権の濫用(らんようと読むのですよ)法理」 という、日本の雇用環境において特殊な問題が絡んできます。詳しいことはググってもらうとして、ざっくり言えば「そう簡単にクビを切ることは裁判所が許さん!」というものです。

近頃は少し運用が緩めになってきているとは言われるものの、この解雇権濫用法理により、日本企業が社員を解雇することは非常に困難です。(ちなみに、いわゆるリストラというのは、様々な条件をつけて退職を「勧奨」し、最後は本人がそれを「承諾」するという進め方が一般的で、会社が一方的に行う「解雇」とは異なります。) 

で、企業としては正社員のクビは切れない、年功賃金制でさらに人件費が上がっていくという中で、トータルの人件費を抑えながら人員補充をするために活用するようになったのが「契約社員」や「派遣社員」、いわゆる「非正規」です。

正社員によって全体のパイ(人件費コスト)は大きく食われてしまっているので、職務条件などに差をつけながら、賃金などの処遇条件も低くおさえるように「雇用のポートフォリオ」を設計した結果、「非正規雇用」がうまれた、というワケです。

つまり、非正規だからと差別的に賃金を低くしているのではなく、賃金を低く抑えないといけないから非正規を生み出すに至った、というのが正規-非正規問題の実相なわけです。

では、この非正規問題を解決するには何が必要か?これまた橘氏が論ずるところの「非正規を禁じて全員を正社員にする」ではないことは、いくらなんでも分かりますよね。むしろクビを切れない正社員の存在が、非正規雇用を生み出しているのです。

なので、解決のための正しい処方箋は、「全員が非正規になる」あるいは、「正社員のクビを切りやすくする」です。そして、この後者の方針について議論されているのが、一般には非常に評判の悪い「金銭解雇」の法制化です。金銭解雇とは、ざっくりいえば一定のおカネを払えば、自由に社員を解雇できるという制度です。

一般には、「不安定な非正規雇用はなくすべき」「カネを払えば社員を解雇できるなんて安定雇用を崩壊させる」など、非正規雇用問題と金銭解雇制度は同じ土俵・同じベクトルで語られることが多いのですが、この二つは実のところ、どちらかを取ればどちらかを捨てるというトレードオフの問題なんですね。企業がいくらでも人件費を払える打出の小槌なら話は別ですが。

ちなみに、「正社員のクビを切りやすくするべき」という点は海外からも指摘されており、実際、2008年度のOECD対日審査報告でも(P.2)、
労働市場における二極化拡大への対処と労働参加の促進。
非正規労働者の比率は雇用者の三分の一を超え、公平と効率の面で深刻な懸念を惹起している。二極化の進行は、低賃金、短い職務経験、そして人的資本の改善・強化の機会が限定された人々によって構成される大きな階層を作り出している。これに対処するには、正規労働者の雇用弾力化、非正規労働者に対する社会保障制度の適用範囲拡大や職業訓練プログラムの拡充を含めた幅広い対策が求められている。
として、「正規労働者の雇用弾力化」=解雇しやすくすることが非正規問題解決のために必要と述べられていることは、雇用問題について多少知見ある者には基本知識となっているところです。

これに対し、連合など組合系団体は、基本的に正社員を組合員とする政治団体なので、「金銭解雇は労働者の雇用の安定を脅かすものだ!と反対しているわけです。 かれらの言う「労働者」は、正社員であって非正規の人々ではないことに留意が必要です。

さて、いかがでしょう?金銭解雇など、簡単に自分のクビが切られてしまうかもしれない制度は確かに不安を覚えるかもしれませんが、決して企業優遇のための不合理な政策ではないことは理解できたかと思います。

今回の選挙投票、個人的には以前の記事でも述べたとおり、棄権することを否定する考えは全く持ち合わせていませんが、もし投票される場合には、あれもこれもとトレードオフを語らずに耳触りのいいだけで実現性のない話をするような候補者は避けられた方が吉かと思う次第です。