私事ながら、この9月末でこれまで6年と少し所属していたリクルート(現在はリクルートマーケティングパートナーズ)を「卒業」することとなり、去る9月5日をもちまして業務完了・最終出社とあいなりました。  

で、何で辞めるの?次どうするの?ってなところを聞きたくなるのが人の常ではありますが、まず、今後については、これまで兼業といいつつミニマムでしか関われていなかった某ファームでハーフコミット、週2日ほど働きます。で、後の半分は特に何をするとも決めず、少なくとも来年4月くらいまでは「プラプラ」する予定です。

で、何で辞めるの?と、プラプラって何?どういうこと?ってあたり、ここはこれまで周囲で聞かれても、軽い説明程度であまりちゃんと答えたことはなかったんですけど、特に成長志向の強い若い方にとって参考になる点あるだろうなということで、今回ゴゴログ記事としてお届けさせていただきます。 

まず入社以来の経歴を振り返ってみると、2008年の4月末で経済産業省を退職、翌5月1日から旧リクルートに入社したんですが、当初4年間は、全社の人事部門にいました。転職活動時には、それまで人事なんてまったく経験も関心もなく、人事と言えば「エンマ帳」とか人の評価する仕事くらいのイメージしたなかったんですが、担当した人事企画の仕事は、やってみると非常にトップマネジメントに近い仕事で、ドラッカースクールも経て経営に関心があった自分には結構合ってた仕事でした。

要員管理(各事業部門の状況や戦略を踏まえて人員の割り振りや調達を考える仕事)や人事制度改革、2012年の分社化に向けた組織課題の検討も担当し、方針検討〜全体広報が片付いたところで、やはりずっと人事ではなく事業をやりたいと、2012年4月から進学事業部門に事業企画担当として異動しました。(その年10月に会社分割、リクルートマーケティングパートナーズ所属に)



で、ここからが今日の本題。

異動した先の進学事業というのは、事業成長目標を達成することが当然とされるリクルートの事業の中にあって、少子化やらもろもろの事業環境の中で長年苦戦している事業なんですが、「この事業を立て直してやるぜ」とか意気込んで行ったわけですよ、当初は。

教育分野にもそれなりに関心があったのもあるし、教育関連はドメイン的にもっと広げようがあるっていう見込みもあったんで、イケると思ってたんですね。(実際、受験サプリとか教育関連が一つの新規成長期待分野になってます。自分はあまり直接には関わる機会なかったですけど。)  

でも、ざっくり結論から言えば、2年間いてあまりいい仕事はできませんでしたね。事業構造や置かれた環境が複雑だったり、教育関連の新規事業部門が組織的に分離されたり、私生活では二人目がうまれて時間が家庭に割かれたりと、外的な要因をあげればキリがないですが、より本質的な問題は、「自分の中の情熱が足りなかったこと」だよな~と。

結局、事業の中身そのものよりも、「事業を再生させる経験を積む」という、個人の成長テーマに興味惹かれてただけだったんですね。  

世の中、スキルを磨けだの成長志向が大事だのと、そういう系のキャリア論が数多ありますが、いいですか、本当に重要なことは「情熱」ですよ!と、声を大にして言いたい。成長志向をもってスキルを磨くことは別に悪いことじゃないとは思いますけど、それだけじゃエクセレントな結果は生み出せないんですよと。  

だって俺見てみろよと。スキルっつーなら、そうそう人に負けないよと。ストラテジー専攻でMBA取得、最終学期の会計系科目では学年トップで、そもそも数学得意で数のセンスは人一倍あるし、法律・経済の知識も十分、人事経験も豊富、コードはかけないけどIT系の知識も世の中平均以上にはありまっせと。(ドサクサに自己アピールw 仕事の相談待ってます。)  

でもそんなんじゃダメなんだよね。本当にエクセレントな仕事って、絶対に「粘っこさ」が欠かせないわけですよ。こだわってこだわって、「もっと良くするためにはどうしたらいいか?」をずっと考え続けてるみたいな。で、その泥くさい粘っこさは「どうしてもこれを実現したい」っていう情熱からしかやってこない。粘っこさをスタイルだけ真似しようとしてもほとんどムリなんだよね。情熱に根差してないと、どこかで、「これでいいか」ってなるから。  

自分にはそれがなかったなと。そこが問題だと薄々気づいて色々考えたりしてはいたものの、いくらアタマの中で考えたところで情熱の源泉なんて分かりっこない。

なので、今回いろいろタイミングもあり、まずは仕事辞めて、自分のスキルと経験を活かしながら、情熱を感じてせめて数年は粘っこく取り組めるような案件・テーマ・人に出会うための「旅」に出ることにしました。それが「プラプラ」なワケです。



結構ふざけて「プラプラ」って言ってますし、本人も実際それくらいのテイストを楽しんでるんですけど、背景的には結構重要な人生テーマなんですわ、プラプラ。  

多分社会人になって以来、そんなにあざとく狙っていたつもりはないものの、「成長(=より上位のポジション/世の中に認められる仕事)」をそれとなく意識しながら頑張ったり悩んだりという時代を15年くらい過ごしてきたのだと思うけど、それを捨ててプラプラしながら自分が何を楽しい/面白い/コミットしたいと思うかに純粋に心を傾けはじめると、モノゴトの見え方や感性の角度・感度がすごく変わってきてるのを感じております。  

なんかうまく説明できないんですけど、例えば最近、高校生とか大学生時代のことがすごく思い出されるというか、別に懐かしんでいるわけではなくて、そのころの感性がまた戻ってきてるみたいな。で、目の前のことをよりピュアに味わえる・楽しめる感じで、これが最近注目されてるマインドフルネス的な感覚なんだろうなと。でも、まだ何かに情熱感じるところまではいってません。

これ、逆に言えば、「成長成長」と表面的なことばかりこだわっているうちに、真の成功に必要な情熱への感性が気づかないうちに鈍っていくよ、ってことです。なので、もう1回いっときますね。

世の中、スキルを磨けだの成長志向が大事だのと、そういう系のキャリア論が数多ありますが、いいですか、本当に重要なことは「情熱」ですよ!  



本当に人間って「認識」によってカタチづくられる存在だなあと、近頃しみじみ深く実感しております。ちなみにこのあたりの、妄念や無意識の執着を捨てること、そして「認識」一つで自分のまわりの世界がガラリと変わるという点は、禅の世界に触れたことによって得られたところが大きく、本当はそこにもつっこんで触れてみたかったんですけど、さすがにエライ長さになってさらにとっ散らかってしまいそうなので、またいずれ。。。どうせ自分自身もまだまだ「自由自在」の境地には程遠いですし。  
   

ではまた。