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ビットコイン問題2・ビットコインの発行と管理に関する仕組みを簡単解説!(ビットコインが「マネー」ではないことの説明)

ビットコインネタ、まさかこんなに引っ張ると思わなかったのですが、今回は、よくわかりにくいであろうビットコインが産まれる仕組みと、流通管理の仕組みについて、先の中本論文を読んで理解したことと、その上での通貨としての技術的限界について考えてみます。

しかしこのネタ、調べれば調べるほど興味が深まっております。(あ、以前の記事を読んでない方のために言っておくと、あくまでも、通貨としての有効性に対する懐疑として、ですからね。ゴゴはビットコインはマネー(貨幣)ではない、というスタンスです。)

ま、それもこれも最初の記事に反論コメントを頂いた方のおかげです。ご本人はやりとりが気に食わなかったようで、コメントも消してくれていいと機嫌をそこねてしまったようですが、議論というのは深まってこそ面白いもの。前回記事や今回の記事にも是非コメントいただきたいところです。

***

さて本題ですが、友人より、「ビットコインの発行元や権限、総量管理の方法がわからん」というコメントをいただいたので、前回記事で端折ったこのあたりの話を、毒を食らわば皿までと、考えてみることにします。

1.ビットコインの発行について
まず、ビットコインには、「発行元」という主体は存在しません。(これが、最初の記事に「分かってない」と反論いただいたポイントですね。) ビットコインは、ビットコイン・マイニングプログラムを走らせることで製造されます。

「え、勝手におカネ作ってんの?」と思われるかもしれませんが、半分ホント、半分間違いです。あくまでも「ビットコイン」というデータセットが作られるだけです。そして、ここからがビットコインを通貨として認めるかどうかの議論が分かれるコアになるのですが、「これはおカネである」と認める人にとっては、おカネとして認識されるわけです。ちょっと意味わからないですよね?ここは次に説明します。逆に、これをおカネと認めない人にとっては、価値のないデータセットがどこかで勝手に作られているだけの話です。(ゴゴはこちらの立場) 

じゃあなぜこんな勝手に作られたデータセットを、 「おカネ」として認める人たちがいるのか?それは、このビットコインの製造と流通のシステムが、誰かの恣意的な操作で勝手にビットコインを増やしたり、不正な二重使用ができないよう、うまく設計されたシステムになっているからです。(この仕組みこそが、中本論文の要旨です。)

ウェブマネーというのは、物理的な形がないために、それが不正に複製されたものでないことをきちんと証明できないと、誰も使おうとはしません。当然ですよね。「偽札」に交換される可能性の高いシステムを使う人はいません。そこで、通常は信頼性の高い発行元が、電子認証技術を使って一元的にウェブマネーの真正性を管理するシステムを使ってバーチャルなお金を発行・管理しています。

一方で、ビットコインには、冒頭述べたように発行元は存在しません。 Peer to Peer(P2P)ネットワークという自律分散型システムの中で、プログラムを導入したシステムがそれぞれ独自にビットコインを製造しています。しかし、一つ一つのビットコインが他に存在するものと同じではない、ユニークなものであることを確保するために、作ろうとするビットコインがすでに存在するビットコインと同一のデータセットを持ったものでないことを検証した上で、 新しいコインを製造するような仕組みになっています。

一度のプログラム実行(「マイニング」)により製造されるコインは50枚と定義されているようです。最初はそれこそザクザク製造できるのですが、存在する枚数が多くなってくると同時に、製造に参加するネットワークも増えてくると、作ろうとするコインのデータセットが他とカブってないことを確立する検証に時間がかかるようになるため、そう簡単にいくらでも作れる代物ではなくなります。(数学的センスがある方なら、この検算作業が幾何級数的に複雑になっていくことがイメージできるかと思います。) 

これと合わせ、ビットコインの年間発行量には、年々逓減する上限値が定められているため、どれだけ多くの人が、どれだけ進化したCPUパワーをもってしたところで、急に総量が膨れ上がることはありません。こうした発行量の安定性・非恣意性が、ビットコインを「おカネ」として認める人たちの論拠の一つです。昔は貝殻が通貨替わりであった時代もあるわけで、それが「信頼できる」となれば、無価値なものでも通貨たりうる、という理屈です。

2.流通管理
さて、こうして作り出されたビットコインですが、使用する段階で、支払先AとBに、ほぼ同時に払い出されたらどうなるでしょう?(より正確に言うと、一度払い出して、不正なキャンセル操作をして密かに取り戻したコインを別の払い出し先に対して使用するケース。もとが同じコインが二重に使用された状態です。)この場合、片方のデータは真のビットコインであり、もう片方は「偽札の」ビットコインということになります。ビットコインの適正管理を保つためには、どちらかのコインを真のもとのし、どちらかを偽とする必要があります。

ここにおいて、ビットコインの管理システムは、「履歴のチェーンの長さ」を真正性の判定に使います。ビットコインのデータセットには、ネットワーク間での取り交わしのログ(履歴)が、過去のものも含めて延々と記録される仕様になっています。そのため、二つのデータセットのうち、より長いログを保有している方、おおざっぱに言えば、先に使用されてより長い取引履歴を持っているビットコインを真とする条件をプログラムに内包させています。

ビットコインの使用履歴は、ほぼ瞬間的にネットワーク全体に共有されるので、後追いで不正に二重使用されたコインはより短い履歴になっており、製造段階で同じユニークネスIDを持っていて、ログの長さが異なる二つのコインが検出された時には、ログの短い方のコインを拒絶する仕掛けになっています。

ビットコインの流通を受け入れるシステムの中では、こうした検証作業がひたすら行われており、先に使用されたコインを不正に二重使用をしようとするならば、ネットワーク全体の過半の検証作業能力を上回る演算能力を持って、先回りして後に使用した方のコインの真正性証明(プルーフオブワーク)を作成しなければいけないのですが、こうしたことを可能にするのは現実的にほぼ不可能なレベルであるという、確率論的な立証によって、ビットコインの受け取りと流通に関する信頼性が実現されています。こうした不正使用に対するハードルも、ビットコインを貨幣としての信頼性を語る論拠の一つとなっています。

 3.ビットコインを貨幣(マネー)とすることの矛盾 
このように見ていくと、ビットコインを支える理論ベースは、それなりに正統性を感じさせるものになっています。しかし、やはりビットコインを貨幣として、世の中の決済を塗り替えようとするには、いくつかの無理が存在しているように思われます。

●将来の希少性を理由とした価値の急騰と、貨幣としての機能の矛盾
ビットコインは、適正な流通量を維持するために、年々の発行上限を決めており、だんだんとそれが逓減していくモデルのため、最終的なマーケット流通量には理論的な上限値があります。こうした入手可能性の限定をタテに、数量が限られたビットコインは将来価値が上がるとのあおりを受けた人たちが、我先にとビットコインを買いに走ってその価格を釣り上げています。 

しかし、貨幣というのはあくまでも価値交換の媒介物であって、本来それ自体の価値が大きく変動するのでは、貨幣としての機能を果たしません。逆に、論文を離れたところでのビットコインの説明においては、ビットコインは希少性により価値が認められた、金(ゴールド)のようなものである、との説明もみられます。 ここにおいて、ビットコインは、通貨(マネー)と、資源(金)との微妙なすり替えを行っています。

確かに、製造量(採掘量)に限界があり、製造上限(埋蔵量)にも限界があるという仕立てにおいて、金とビットコインは似ています。しかし、金は現代の世の中にあって通貨ではありません。装飾材料としての根源的な高い価値が認められる中で金の取引マーケットは存在しますが、それでも金はマネーではありません。

同じようなマーケット構造は、古い切手の交換売買のマーケットにも見られます。一部の切手マニアには、特殊な切手に対する彼ら固有の価値観を持って、高額であっても入手しようとするマーケットが存在します。ビットコインが希少であるということをもって、取引市場において加熱した取引がされているということは、ビットコインがこうした特殊な切手と同じような存在であることの証明であり、同時にマネーではないことの証明になります。

説明によっては「仮想のゴールド」などとうまくいわれているがために、「仮想通貨」として受け入れられているようですが、それが仮想の「金」であれ、「切手」であれ、あるいはゴゴがかつてあつめた「牛乳ビンのフタ」であれ、ビットコインはおカネではないし、そいうした特殊な収集ニーズの中でたまたま今、取引マーケットが過熱しているだけ、ととらえるのが正確だと思います。

●ビットコインを貨幣(マネー)とすることの技術的矛盾
先の項では、ビットコインは貨幣ではないとの理屈を展開しましたが、仮にこれを貨幣だと認めたとすると、どんな問題があるでしょうか?

ビットコインは、中央管理的な仕組みにかわって、とあるビットコインの流通の適正性を、その都度ネットワーク全体で検証検算を行うことで、いかなる権力からも解放された貨幣流通を実現することがその本質です。しかし、こうした思想とそれを実現する仕組みの中に、ビットコインが現実のおカネに成り代わる可能性がないという技術的な限界を内包しています。 

通常、おカネを使う場合に、そのお金が偽札がどうかを検証したりしないですよね?それは、現実的なマテリアルとして、偽札を作ることのむずかしさが、一元的に管理されているからです。一方、ビットコインは、偽物を作り出すことよりも、偽物が流通することを、ネットワーク全体の中での相互監視によって阻止しようとすることがベースにあります。例えていうなら、あなたがとあるお札を使おうとするタイミングで、そのお札と同じ番号のものが、以前に別のルートで使わて別のところにないか?ということを何らかのシステムを使って都度都度確認するようなシステムです。

もちろん、そうした計算はP2Pネットワークの中で無数に連結されたコンピューターの共同作業によってなされるので、瞬時に終わることが期待されています。しかし、ビットコインの存在量と流通速度が格段に増えた時に、こうした検証作業が適切な時間の中で完結するとは限りません。

先に述べたように、ビットコインの年間産出量とトータルの累積算出量については、理論的な上限が設定されています。これについては、その必然性が中本論文では語られていませんが、おそらく、無制限にビットコインが製造・流通されるようになると、プルーフオブワークを検証する作業がスタックしてしまい、取引が成立しない状況になることを懸念したことによるのではないかとゴゴは推測します。(CPUの演算パワーが今後も飛躍的に改善しつづければ総量規制をしなくても問題は起きないかもしれませんが、保険をかけておく方が、ビットコインシステムを長く運用したい方にとっては有用ですよね。)

しかし問題は、おそらくビットコイン作成者が想定しなかったであろう、急激なビットコインの取引増加です。1ビットコインは2013年12月1日現在で、約10万円ほどに高騰しているようですが、使用単位が約10万円では、使い勝手が悪くてしょうがないですよね?

ビットコインは、コイン価値の変動に対応して、最大1億分の1ビットコインまで分割して使用できるようになっているようです。しかし、現在のように高騰してしまえば、実質上の使用単位は1ビットコインよりも小さな単位になってしまっているはずで、いくらビットコイン単位での流通量を制限しようとも、0.01ビットコインとか、小数点単位のビットコインが実際上の流通単位になってしまえば、プルーフオブワークの処理量は、それに応じて急激に増加するはずです。

ビットコインの持つデータセットは、ある一定量で過去のものを捨てても大丈夫なように設計されているようですが、その制御されたデータマックスで流通上限の1億倍(1億分の1ビットコインが現在の最大分割単位なので)の処理をP2Pネットワークの能力で完全にこなせるのか?

もし、絶対に取引事故が起きないように数量設定されているとすれば、現実世界で使用できるよりもかなり少ない取引総量でハードルを設定するはずですし、逆に、現実世界の貨幣をすべてリプレイスする思想で設計されている場合、 現実世界での想定取引量よりも多くの取引が発生してしまえば、そこでビットコインでの取引はダウンしてしまうのではないかと思います。

つまり、ビットコインが安全に、適度な処理速度で活用できる範囲というのは、現実世界での取引の総量よりも小さい、つまり貨幣としても認められてもその流通範囲が小さく限定されたものにしかなりえないのではないか?というのがゴゴの仮説です。(あくまでも、ビットコインが貨幣として認められ、安定的に使用されるとした前提です。くどいですが、ゴゴはビットコインは仮想ゴールド(または仮想の牛乳ビンのフタ)とは認めても、マネーとしてはみとめてません。) 

上記の仮説がもし本当であり、ビットコインの現実世界での使用可能性が、通常のマネーよりも小さいのだとの理解がうまれてしまった瞬間、ビットコインは致命的に急落するでしょう。 世界中のユーザーにとって、ビットコインが日本の多摩地域の中でしか、あるいは牛乳ビンのフタを集めている小学生の中でしか通用しないとなれば、だれもそれを保有しようとはし続けませんよね。

4.まとめ
というわけで、

・ そもそもビットコインはマネーではない。なぜならば、製造のタイミングでは、プログラムにより生み出される、何らバックアセットをもたないデータのカタマリにすぎないから。「仮想ゴールド」と例えられるように、あるいはゴゴが「かつて集めた牛乳ビンのフタ」と揶揄するように、その特殊な価値を求める人にしか価値のない、特殊な財物である。

・ 仮にビットコインをマネーと認めて流通させたとしても、個別の仕様タイミングでその通貨の真正性をネットワーク全体で都度都度検証するという仕組みには、能力的限界があるのではないかと思われる。 あるいはもし、ビットコインが世界全体での貨幣流通を支えられるシステムであるとするならば、ビットコインに将来的な希少性などなく、やはり現在の価格は100%バブルであるといえる。
(日常使われている貨幣に、希少価値を感じて高値で集めるバカはいないですよね?)

いずれにしても、ビットコインはその理論を追ってみると、最終的にどこかで矛盾が発生します。しかし、ネットワークセキュリティ理論と、二重使用リスクの発生確率論と、貨幣発行・管理の正統性という、なかなか重ならない領域の専門知識を組み合わせて作られているため、その矛盾に気づきにくい内容になっている、というのがゴゴの所感です。 

結構精緻な理論構成に、ひょっとしたらビットコインの生成段階できちんとアセットバックが担保できれば、すぐれた流通システムになるかもと思いましたが、コインの真正性を都度都度検証するという仕組みは、どこかで計算量が爆発して破たん するように感じています。(このあたり、だれか検証してほしい。。) 間違っていることを恐れずに断言すれば、ビットコインを「仮想通貨」として売っているなら、それは壮大な詐欺ですね。あくまでも、現時点では高値で売れる特殊な財物である、というのがせいぜい正しいところかと。


というわけで、ビットコインネタが思わず長くなりましたが、この辺がゴゴが掘った全体なので、ビットコインの話はこれで終了です。(異論などあれば、コメント欄で受け答えしていきます。もちろん、致命的な間違いがあれば、新規の記事を立てて訂正します。)
 

ビットコイン問題・中本哲史論文を読み解いてみた (結構大作、読み応えあり過ぎ注意!)

ビットコインの件ですが、コメントで理解してないとの批判を重ねていただいたのと、結構世の中に広まっているようなので(コレとか、、日経さん大丈夫?)、せっかくだからと、このシステムの基礎になっているとのことである、中本哲史論文を見つけて読んでみました。

ビットコイン: P2P 電子マネーシステム

リンク開いていただければ分かりますが、いきなりマジ論文調です。。多分これだけで8割の人はもう読まないですね。

しかし、これくらいではへこたれません。取りあえず読んでみます。すると、すぐにコンピュータネットワーク用語の羅列。プルーフオブワークやらハッシュ値やらノードやら。ゴゴはこの手の専門家ではありません。ここで諦めるのか?

いや、まだ行けそうです。実は、インターネットが日本で普及し始めた1996年頃、体育会本部という一応大学とのつながりが深い組織にいるのをいいことに、学内のLAN回線に本部のMacを接続するなんてことをやった経験があります。(当時はいろんなプロトコルパラメータを手入力しないといけないので本当に面倒でした。。)

なので、プログラミングやら処理系はそんなにわからないけど、ノードがどうたらとか言ったネットワーク系(とデータベース系)の概念知識は少しあるんだぜ〜!意外だろ〜?

というわけで、全体を完全には理解できないものの、この論文の趣旨は、電子マネーにおいて致命的な欠陥になる二重使用の問題を、中央集権的な管理システムではなく、ネットワーク同士の自律的な働きにより解決することを狙いとしたものになっているということと、その仕組みの概念はそこそこ理解できます。

で、その方法論は少しややこしいので省きますが、二重使用を回避すると言う観点からは、キチンとした理屈になっているように思われます。(ちなみに、途中からは悪意の者がマネーデータを改ざんして不正使用することの難しさを、確率論の数式とそれをコード化した記述で立証しており、より読解難度を高めてます。)

さてさて、これは実はちゃんとしたシステムなのでは・・・?どこをどう読んだらいいんだ?危機一髪!?。。。しかーし、役人時代に難解な法律文書を読んでいた経験がここで活きるのです!

ゴゴが探しているのは、二重回避の信頼性の話ではありません。ビットコインが最初に生み出される、そのポイントでの仕組みです。いくら途中にゴチャゴチャ書いてようが、そこに惑わされずに必要とする部分を、全体の文章構造から素早く割り出して見つけるってのは、結構官僚の特殊技能かもしれません。

そして、それは、「6. インセンティブ」、というセクションに出てきました。。冒頭部分を引用してみましょう。
「慣例により、ブロック内の最初の取引は新しいコインを始める特別な取引とされ、そのコインはブロック作成者のものとなる。」

文章は、ひょっとして元が英文論文で訳がおかしいのかもしれませんが、非常に唐突感あふれる始まりです。これはこれで不自然ですが、それよりも、ここで突如生み出されたコインはいったい何か?ということです。

このコインを獲得するためのブロック作成作業というのが、先の二重使用回避のための鍵であり、コインが使用されるほどスタンプ(ブロック)が長くなって、それが不正使用されたものかどうかを検証することがよりむずかしくなっていくとされています。これによりコインが無尽蔵に生まれてくることを自律的に阻止しており、新しいコインの振り出しは、コイン流通と健全なシステム維持のための協力の対価である、という意味づけは理解できます。

しかし、このコインがうまれる最初は、だれも中央管理者がいないP2Pシステムから、一定のプログラムにより、まさにゼロから生まれてくるようにみえます。ここを見ると、やはりビットコインには通貨にとって必要なバックアセットがないとしか思えません。(逆に、円は日本国の徴税力を最終的なバックアセットとしています。)

もし、このブロックが拡大していくことそのものから、何らかの経済的メリットをビットコインシステム自身が受けることができるなら、それを将来担保としてコインを振り出すことは理論上可能かもしれません。しかし、管理者不在の単なるシステムがブロック全体から得られる経済メリットって、一体何なんでしょう?どこから提供されるのか?全くよく分かりません。。


こうして論文全体を見て見ると、高度な感じのネットワークセキュリティ理論と、リスク確率論の計算モデルと、システムを擬人化することによる貨幣創出の経済インセンティブモデルを巧みに組み合わせて、特定分野の専門家でも全体の整合性が見えないようにうまく作られたフェイクに感じられます。

仮にそうだとすると、結構長く使われていることからしても、芸術的な創作だといえるかもしれません。特に、ネットワークセキュリティ理論に限定すれば、ホンモノなのでしょう。しかし、やはり先にみたインセンティブのセクションは、どうも一段出来がズサンな感じがしてしまいます。

どこかゴゴの理解不足で間違っているのでしょうか?自分の解釈にこだわるつもりはなく、本当のことが分かる方が面白いタチなので、特にコイン創出のあたり、間違いあれば是非是非ご指摘ください。

***

さて、ここからは論文をはなれての、ちなみにの話しです。

論文中には出てこないので良く分かりませんでしたが、他サイトの解説によるとビットコインは時間が立つほど新規産出量が少なくなり(新規ブロック開拓がむずかしくなるので)、いずれ全体流通量がアタマ打ちになる一方、使用ニーズが高まっていくことで、段々とコインの資産価値があがるのだ、との説明があります。

しかし、資産価値が上がると分かっているものを手放したい人はいないので、コインの価値があがってくると、どこかで流通量が減り、ニーズが減って行きます。悪貨が良貨を駆逐するのとおり、皆が胎蔵し始めれば、いずれビットコインは貨幣機能を失う(=貨幣として取り扱う店がほとんどなくなる)はずです。矛盾してますよね。そもそも、そのもの自体の価値が大きく変動するものは、貨幣に向かないのです。

世の中的にかなり関心が高まってきているようですし、そろそろ最後も近いかもですよ。。ビットコインが貨幣機能を失ったとき、残ったコインにはいくらの価値が残っているでしょうね。

ビットコインとか、ウェブマネーの高騰は100%ピュアなバブルですから、騙されないようにね!

ビットコインって知ってます?最近色々ニュースになってますね。

捨てた仮想通過は7.5億円相当(NHK Web news)

こうしたウェブマネーが高騰しているという話はネットで目にしてましたが、今回さすが天下のNHKが報道してるんだからとちゃんとニュース見てみたところ、「ビットコイン急騰」ってリアルにマーケットであがってるんですね。。完全に何かのネタかお祭りレベルの話だと思ってましたよ。

こんなもの誰が買ってるんですかね?これ以上ない100%ピュアな投機的バブルですよ。

なぜならば貨幣というのは価値交換の媒介物であって、それ自体に根源的な価値はないからです。

昔は物々交換の時代があって、その後に貨幣が生まれたとかって、高校あたりで勉強しましたよね?たとえば、働いて、その代わりに食べ物を得る、というのが原始的な価値交換の方法で、「根源的な価値」というのは、労働と食べ物にしか存在しないわけです。

それゆえに、貨幣自体が勝手に価値を増すことはありません。ただ、金利と物価の影響により、相対的に価値が変わることはあります。

つまり、仮にビットコインの値段が10倍になったとすると、それは同じビットコインで買える物の量が10倍に、逆に言えば物価が1/10になったということ。でも現実世界ではそんなことは起きていませんし、言いかえれば、ウェブの「あっち側」で勝手に物価を下げているだけです。そんなの通用しませんよね?

ではなぜこんなバブルが起きてしまったのか?恐らく、「ビットコインで決済すれば、通常より割引しますよ」と、手数料の安さや目新しさに引っ掛けた集客プロモーションを誰かがやったことがキッカケで、「ビットコインは得だ」みたいなイメージが生まれ、それが加速してバブったんじゃないでしょうか。でもしょせん、割引原資は誰かが負担してるだけで、貨幣そのものの価値が上がったワケではありません。

ちなみに、似た話で「セカンドライフ」なんてのも流行りましたね。ちょっとグーグルさんに聞いてみたら、当時はこんな記事もありました。人間、以外と学ばないですね。。

こんな貨幣論的なややこしいこと言って立証しなくても、そんな美味しいハナシあるはずないことくらい、常識で分かるとおもいますけど。。何で誰もハッキリ言わないんですかね?流石に天下のNHKさんであれば、それくらいバシッと言ってほしいところです。

蛇足ですが、この手の話を見抜く手っ取り早い方法は、貨幣発行元にちゃんと価値あるバックアセットがあるか?を考えることです。

データやサーバーしか資産なければ、発行元にすべて現物マネーへの換金を要求したところでどう考えても払えないですよね。そういうことです。

というわけで。みなさんこの手の話で損しないようにお気をつけください。絶対売り抜けられるツワモノであれば止めませんが。。

それでも経済は動いている~国際収支の恒等式という、マクロ経済の「常識」に疑問を呈すハナシ

今回は、分かってもらえるかは微妙ですが、かなり大胆な記事だと思います。。。マクロ経済論で「アタリマエ」として扱われていることに、経済学修士でもない素人が疑問を呈するという大胆なハナシです。

さてみなさん、国際収支の恒等式というものを聞いたことがありますでしょうか?
 経常収支(=貿易収支+投資収支)+資本収支+外貨準備増減(+誤差脱漏)=0
というやつです(知らない?)。本来的には、「恒等式」なので、二本線の「=」ではなく、三本線のイコールでつながれているはずですが、表記方法が分からないので普通のイコールのままにしておきます。

この「恒等式」というやつですが、ちょいと数学好きとして寄り道しますと、単なる「等式」とは違うのです。等式というのは、aとbとcを足したら、結果的にXでした、という起因(左辺)と結果(右辺)を示しているだけのものです。一方、恒等式というのは、a+b+cは常にXであり、a,b,c,とXは表裏一体な関係である、ということを言っています。(この違い伝わります?)

つまり、国際収支の話に戻って言えば、 
 経常収支+投資収支+外貨準備
が、状況に応じて-10になったり100になったりすることは絶対にない、ということを示しています。

さて、ここからが問題です。エコノミストや経済学者などの中には、国際収支は恒等式で成り立っているのだから、いくら貿易赤字が増大しようとも、国際収支は必ず最終的にはバランスして0になるものであって、「赤字」という字面だけで問題視することはナンセンスだ、という主張をする人がいます。 

確かに、貿易収支や経常収支をそれだけ見て「赤字」だから云々というのは、国際収支モデルを理解しない素人以前の議論と言えるでしょう。しかし一方で、「恒等式でバランスするのだから問題ない」という考え方について、ゴゴは大いなる疑問を呈します。

(ここは正直、その道の専門家でないので大いなる無知をさらしてしまうかもしれません。しかし、長年の疑問をつきつめても、この後にお話するように大概のマクロ経済学者は思考停止してんじゃないの?という結論にしかならないです。そういう意味で、マクロ経済の常識に反旗を翻して?大胆に真実の追求に以下チャレンジします。。本当の本当に分かってる人には当たり前のハナシかも知れませんが。。)

***

例えば、製造業の競争力が落ちて輸出が伸びない、原発が止まって火力発電燃料を輸入しないといけなくなったなどといった理由での貿易収支の赤字拡大は、その背景は決して好ましいものではありません。そして、逆に黒字になっている投資収支は、輸出が低調だったり輸入が多かったりするから自動的に増えているわけでもありません。また、経常収支が減ったからといって、自動的に海外への投資が減ったり、海外からの投資が増えるわけでもありません。

一つ一つのファクターの背景に好ましい、好ましくないという独立の変動要因がある以上、「最後は均衡するから問題ない」なんて、恒等式だけを見て言うのは、常識的センスに照らして意味が分かりません。もしそうなのであれば、財政運営に気を使う必要なんてさらさらないはずです。 最後は均衡して終わるのですから。(IMF管理下時代の韓国なども、足りない資金は経常移転収支かどこかでファイナンスされて均衡していたはずなのだから、何も問題なかったということですよね?)

つまるところ経常、資本の収支のインバランスは、結局は外貨準備の増減を通じて調整されているわけで、外貨準備の状況は、国債金利や為替水準などと密接に絡んで動いています。

そもそも、ここで「恒等式が成り立っている」と言ってるのは、バランスシートの貸方・借方がバランスするとか、株式市場では売り買い同じ数量が取引が成り立っているというのと同じような話です。マーケットにおいて、これらがバランスしているから問題ない、なんて思う人はいないわけです。バランスシートの中で借り入れが過剰に多ければ問題ですし、株式はいくらの値段で売り買いが成り立っているかが大きな問題です。

つまり、国際収支が「恒等式で成り立っている」というのは、国として存続している限り当たり前のことであって、問題はどのような条件、為替や金利水準でその均衡がなりたっているのか?ということのはずです。だれも、BSがバランスしているから、株価が売り買い同数成り立っているから、それでこの会社は問題ないなんて思いませんよね?

国際収支が恒等的に成り立っているというのは、個々の会社の金利や株価と同じく、その均衡が成り立つように為替や金利などがダイナミックに動きながら調整しているわけです。

そして、個人や個々の経済主体は、そうした為替や金利の変動に大きな影響を受けるわけです。為替や金利が急激に大幅変動すれば、人によっては首をくくらざるを得なくなるわけです。そうした動的な調整を考えず、「最後は均衡するから経常赤字なんて関係ね~」とでもいうような、想像力の欠如したというか、「恒等式」という静的概念で思考停止したマクロ経済学者というのは、本当に脳みそがついているのかと、個人的には超疑問に思うわけです。

さて、そこまで動的な均衡経路に想像をめぐらせても、「仮に経常収支赤字になっても、別に問題ない」と言えますかね?いくら調べてもそうした話はストレートに出てこず、単にゴゴの無知誤解があるかもしれません。ちゃんとした経済学者の意見を伺いたいところです。反論求む!

小泉さん、即原発ゼロなんてモウ〇クしましたね。。。原発再稼働反対と住宅ローン地獄の機微なる関係

FB直打ちで書いたネタですが、良質かつ長文な記事で流すのがもったいないので(笑)、ゴゴログにコピーして残します。

***

小泉さん、評価は色々あれど一番好きな政治家だったのだけど、引退して年取ってモウ〇クしたのか、何か狙いがあるのか、脱原発関係の発言はホントいただけない。長期的に原発依存を脱しようという方向性を決めることは悪くないと思うけど、だからといって「再稼働反対」みたいなイデオロギー議論に油を注ぐことの影響と問題を理解しているのだろうか?


いま、日本経済は原発が止まって火力発電のための燃料輸入コスト増大で、大幅な貿易赤字になっている。それを海外投資の配当などの上がり(投資収益)で埋め合わせているものの、差し引きの経常収支は大幅に減少しており、先々赤字に転落することも現実味を帯びてきている。(たぶん、5年前に経常赤字を懸念する状況を夢にも予想していた人はほとんどいないだろう。それほど、日本の経済状況は一変している。)

経常赤字は「赤字」だからといって決して悪いとは限らない、というマクロ経済恒等論をもって反論する人もいるが(アカデミックなリクツとしては間違ってないけど)、経常収支ともう一つの大きな項目、投資収支においても、日本はお金が外にでていく「出超」状態が続いている。これもそう簡単には逆転しないだろう。とすると、資金ファイナンスを保つためには、海外勢に国債を買ってもらわないといけなくなる。かといって、こんな借金だらけの国の国債を、今のような低金利で、しかも経常も資本も赤の状態で買ってくれる投資家がいるか?(現在は、まだ国内でだぶついている資金を国内銀行が貸出先もないので国債にまわして利ざやを稼いでいるから消化されているだけ。でも彼らもリスクをさけて短期物にシフトしている。)

つまり、原発を止めて輸入化石燃料に頼る→経常収支が赤字になる(となると)→国債金利があがる→ますます国の借金を返すめどがなくなる→国債暴落、という危険性をはらんでいるのだ。これはあくまでも可能性であって、必ずそうなるとは言えないけれど、リスクが高まっていることは否定できないと思う。

こういうことを考えると、原発には原発のリスクはあれど、もう一方に財政破たんのリスクを考慮に入れて政策運営をしていくことが絶対必要なのだけど、小泉さんが「脱原発」とか言っちゃうと、そういうことを理解せずに勢いで再稼働に反対する人が増えるだろう。。ちょっと本当に勘弁してほしい。

国債暴落なんてことになったら、アナタもワタシも住宅ローンなんて返せないですよ。それこそ首をくくる人が続出するだろうな。原発も問題、でも財政も同じくらい(かそれ以上に)問題なのです。
 

韓国経済への邦銀の資金供給拡大は、経済政策的に見るとどうなのよ?という話し

先日、知人にお誘いいただき、経済政策について久しぶりにいろいろと語りあう機会がありました。そこで聞いた興味深い話として、邦銀が韓国企業に対する資金貸付を拡大させているというハナシがありました。確かに、少し調べてみると、韓国の金融資本はもともと脆弱で、欧州系をはじめ外国資本が韓国金融のベースになってたのですが、欧州危機で彼らがリスク縮小のために手を引いたところに、邦銀が代わって入り込んでいる、という状況のようです。

(少し古いですが、例えばこんな記事)
邦銀に商機、3メガバンクが韓国向け融資を急拡大
 
(その他、各行の動き)
三井住友のリリース
みずほのリリース

知人は、この状況に対して、二つの観点で大きな懸念を語っていました。まず一つは、この邦銀の貸出先として、日本企業にとって競合となる韓国企業に対して資金供与していることです。電機、プラントや製鉄など、様々な製造分野で日本企業と競合している韓国企業は、海外でも旺盛な投資拡大を図っており、そこに貸付需要を見て邦銀も貸し込んでいるのですが、それにより、邦銀にとって古くからの顧客であるはずの日本の企業(加えて、関連する裾野企業も)、ひいては日本人の雇用に対してネガティブな影響を与えているということです。もう一つは、一部の韓国企業は世界景気の変動や各国進出先での過剰な設備投資等により自らの財務状況を悪化させており、邦銀自身にとっても貸出リスクが高まっている、ということでした。



ゴゴがウレシク感じたのは、経済政策に絡んできちんとカネの流れを追いかけて動いている経済人がまだいる、ということでした。邦銀が自らの商売として韓国の企業に貸付を行うことは、まあ勝手と言えば勝手ですし、日本企業ももっと頑張れよ、という面もあるとは思いますが、単なるイデオロギー的な嫌韓論ではなく、日本経済に対する実利の問題として、こうしたネガティブな状況に対して、経済政策としてどのような手を打っていくのかという視点で考えることは重要な問題だとは思います。

最近は経済政策というと「ベンチャー支援」「○○特区」「グローバル化対応」など、アイディア政策的なものがもてはやされるような印象がありますが、日本に入ってくるカネ、日本から出て行っているカネをきちんと把握したうえで、どこを活発にしてどこを抑えるべきなのか、そういう商売人的な視点(国家レベルでの)でもって、地道に企業に働きかけていくことの方が、経済政策を考えていく上で必要なことなのではないかと思います。現に、これまで何度も「○○成長戦略」や「雇用創出○○万人」みたいなスローガン政策が打ち上げられてきましたが、まったく何にもなりませんでした。

(ちなみに、意外に思う方も多いかもしれませんが、経済政策に携わる官民のメンバーといっても、カネの流れをきちんと押さえて経済政策を考えている人はあまり多くないんじゃないかと思います。国際収支統計とかみたこともない人も結構いるんじゃないですかね。そういえば、かつてM&Aファンドや株式市場について全く理解のない発言をして、問題になった某事務次官もいましたね。。)

下手をすると単に政治的な議論におわってしまいがちなアイディア政策議論にとどまらず、国内外で今、どこをどのようにカネが流れていて、何を抑えればその流れがどう変わるのか?という、「渋い」経済政策がなされていくことを期待しています。頑張れ!

セレンディピティと哲学的思考力

「セレンディピティ」という言葉を聞いたことってありますか?「偶然をうまく機会ととらえることによる成功」あるいは、「幸運をつかみとる能力」(by Wikipedia)みたいなイメージで、まあそういうことってあるよな~と感じつつも、個人的にはいまいち掴みきれない概念でした。

今日たまたま、日経ビジネス・オンラインの記事、「セレンディピティとイノベーション」を読み、セレンディピティの源泉は、哲学的思考力なのだ、ということがアタマの中でつながり、やっとこの概念の持つ意味が腹に落ちて分かったので、今回は、偶然的な発見・成功と哲学的思考力がどうつながっているのかについて、できたてほやほやの個人的理解をお話しします。

「セレンディピティとイノベーション」(日経ビジネス・オンライン記事。閲覧には無料会員登録が必要です。)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131001/254080/ 


ここで紹介されている話では、道路の白線用に使われる、とある高価な物質の代替品の開発検討をする中で、化学物質の専門家ではない参加メンバー(女性バレリーナ)が雪が降ってくるのを見たことをきっかけに、技術開発の方向がまったく当初の想定外の方向で進んでいく、というエピソードが紹介されています。 ちょっと出来すぎな話のようにも感じられますが、「雪は結晶が光を乱反射するから白く見える」という小話をきっかけに、開発検討のスコープが広がっていったことが示されています。

このエピソードを読んでゴゴが理解したことは、セレンディピティの発現は、単に偶然をうまくとらえるといった神秘的なことではなく、自らが探究している課題と、一見そこにつながらない物事(偶然の出来事)との間の、本質部分における共通性を感じ取れるかどうかにかかっているのだ、ということです。逆に言えば、自ら抱える課題の本質の姿を捉える力がなければ、セレンディピティは発現しない、と言えます。

こうしたモノゴトの根源的な本質を掘り下げる能力というのは、「哲学的思考力」に密接につながっていると思います。これまでも何度かゴゴログ内で触れていますが、一般に「実用的でない」と思われている哲学とその思考法とは、哲学とは昔の偉い人が言った小難しい概念を覚えて理解することではなく、自らが対峙している事象や課題の表層をはぎ取った「本質の姿」は何か?を掘り下げる学問・行為です。そして今回、こうした思考力こそ、偶然の出会いを含めた様々なモノゴトを、イノベーションやクリエイティブな思考へとつなげる重要なカギだと、一つ理解が進んだように思います。 

あらためてまとめを書くと、「セレンディピティを得るには、哲学的思考力が欠かせない」、ということです。


ちなみに上記の記事の中で、「『理論は経験から帰納的に出てくる』というのは間違い」というフレーズが出てくるのですが、個人的な「アンチ・ロジック一辺倒」主義と重なって、非常に脳ミソに刺さりました。新規ビジネスの可能性を、データとロジックの積み上げのみで実証を求められて苦しんでいる、感性派の方々に捧げたく思います。(笑)


(参考)哲学・哲学的思考に触れた過去記事。
「本質を創造的に考えるための脳みその使い方」
「大学に行って何の役に立つのか(その3)」

消費税増税タイミングと経済成長への影響

税制ネタ続きでスミマセン。消費税増税について、友人とFB上で議論になった話がそのままにしておくのがもったいなかったので、こちらに残しておきます。ちなみに、ゴゴは消費増税に賛成、友人Kはこのタイミングでの消費税増税に反対、という立場で、消費税増税を判断する「18条条項」を巡っての議論の一部です。

***

(友人K)
財政均衡しないと国債暴落ってずっと言われていますが、アベノミクスで大幅金融緩和=財政均衡しない政策しても金利は上がらず、景気も回復傾向な訳です。やっぱり財政均衡よりデフレ対策が先、というのが正解かと思います。

CPIがプラスといっても、原発停止で燃料費が増えてのCPI(ゴゴ注:消費者経済指数のこと。いわゆる物価水準のこと)上昇であって、コアコアCPI(ゴゴ注:市況での変動が大きい生鮮食料品とエネルギー関連消費を除いたCPI)はまだマイナスの状態に増税してたら18条の意味なしでしょう。

(ゴゴ)
K、コアコアとか見てんの?マニアックだねえ。
おっしゃる通り、18条解釈として現状をどう見るかは判断の分かれ目だと思うよ。

ちなみに、個人判断としては、

・コアコアは依然マイナスだけど、足元の回復は続いている


・増税はCPIを一時的に下げる影響はあるけど、回復へのベクトルには影響しない。(マクロ経済学的には、水準効果はあるが成長効果には影響しない、という考え方。)


・アベノミクスは経済成長への実態がなく、どのみち長続きしないので、この機会を逃すと増税タイミングを失う可能性が高い。


え、先行き不透明なのにここで増税でいいの?って思うだろうけど、長期的な経済低迷のトレンドの中で、どこかではやるしかないと思ってるので、そもそも個人的考えではデフレ傾向かどうかは関係ないのよね。上でも言ったように、税率は水準効果しかもたないので。
(もし成長効果に影響するならば、税率の低い国ほど経済成長率が高いはずだけど、そんなワケないよね。)
 
 ***

このやりとりを残したかったのは、赤字部分の「水準効果と成長効果」 という概念をふと思い出したからです。 

役所時代、「何が経済成長をもたらすのか?」という、仕事柄当然な関心をもって手にとったのが、
・経済成長理論入門

経済成長理論入門―新古典派から内生的成長理論へ
チャールズ・I. ジョーンズ
日本経済新聞社
1999-09


という本でした。この本、数式もあるにはあるのですが、そもそもがなるべく数式的表現を排除して、経済成長に関する理論を分かりやすく伝えることを目的として書かれているので、数式部分を読み飛ばしても理解できて、かつ知的刺激を受けられる良書です。

技術水準や教育水準、イノベーションが、なぜ・どのよう経済成長につながるのかといった、感覚的には分かるけど理屈的には知らない話や、政府による経済政策の効果と限界といった内容についてきちんと説明されており、マクロ経済的なものに対する見方・考え方について、ゴゴ自身の大きな土台になっています。
 

で、 ブログ書くにあたって多分
10数年ぶりに本棚から手にとったのですが、「水準効果と成長効果」って、まとまった記述は少なくて、本の端々にでてくるくらいなんですね。それでも、ある要素や政策が、
 経済成長に対して持続的な効果をもたらすのか(=成長効果)、
 経済水準を上げるものの成長持続効果はないか(=水準効果)、
という概念の違いが成長理論の中での問題意識として伝わってくるもので、当時、そうした概念の違いを知ったことや、問題意識そのものが自分の中に結構刺さっていたのだと思います。

仕事も変わって使うこともないのに、ふとした瞬間にこんなワードが自然と思い出されるのって、不思議なものですね。

ちなみに、この本を久々に開いて最初に飛び込んできた一文、1999年3月付の、原著者チャールズ・I・ジョーンズによる日本語版への序文-
「・・・過去50年間の日本経済のパフォーマンスは、経済成長の最も目を見張る歴史的偉業の一つであった。(略)

それにも拘わらず、この例外的な成長が鈍化するのは、予測できることである。この成長を終わりに導く力が自然と働くと見通すことは、現代成長理論の偉大な成果の一つである。(略)」 

15年後の今、これをどう受け止めたら良いのか戸惑いますが、なんとも不思議な感慨を覚えます。。。
何ともしまりがつかない終わり方ですが、今回は、これにて。

 

消費税増税、その次の攻防は? ~法人税減税議論について考える~

来年4月の消費税増税、やっと正式決定されましたね。最後の最後まで悩んで決めた、という体をとったようですが、4月の増税は盆明けくらいからは規定路線で、むしろ、政治的攻防は、法人税減税にとっくに移っていたとみるのが妥当な見方だと思われます。

昨日アップした麻生大臣の記者会見録をみても、法人税減税に関するやりとりに関する緊張感というか、麻生さんの歯切れの悪さが高まっていく様子がうかがえます。法人税減税に関しては、復興増税の前倒し廃止や実効税率の低減など、いろんな方向性が取りざたされていますが、一般論として、麻生大臣もバックの財務省もあまりスジがいいとは思っていないと感じ取ることができますし、ゴゴ個人としても、麻生さんが夏前から一貫して記者会見で話していたことは、概ねまっとうな話だと思っています。

また、政策論も経営の現場もよくわかっている周囲の知人たちはいずれも、現状語られている法人税減税の方向性(ベンチャーや「先進的な」設備投資に対する減税や、給与支払い増加の場合の減税)が経済成長につながるとの政策的実効性については懐疑的です。

※ちなみに、ゴゴは法人税減税が全て無意味、とは思っていません。ちょっと振れた話ですが、海外からの直接投資(FDI)に限って呼び水的に減税を認めるのであれば、既存税収を毀損することなく追加投資を期待することが可能です。ま、それはそれで議論を呼んでしまうでしょうが、いずれにせよ、ロクなグローバル戦略もなければ、そもそも納税してもいないような企業を対象に、海外とのイコールフッティングでの法人減税なぞ、猫に小判な話でしょう。


さてさて、にも関わらず、なぜ「ナンセンスな」法人税減税についてが議論の対象になっているのか?これはもはや、経済的なスジ論を超えた、政治的レトリックの戦いになっているのではないかとゴゴは推測します。冒頭紹介の麻生大臣記者会見録によると、8月10日の安倍総理との会談の中で、「政策パッケージ」について話題に上ったとの話しがあります。

この「政策パッケージ」とは、アベノミクスの三本の矢のうちの三本目、経済成長路線へと日本を導く政策群のことであり、消費税増税による経済へのマイナスインパクトが予想される中、これを補ってさらにプラスアルファとなるような経済政策のこと指します。

しかしながら、日銀の「異次元」金融緩和に始まったアベノミクスも、いざ本丸の経済政策の中身に関しては内外からの評価が芳しくなく、「解雇特区」やら、亜流のネタばかりで目玉がない状況のようです。こうした中で、消費税増税だけでは景気が冷え込んでしまい、総理-自民党の政治責任につながる、ここは企業活動の活性化が必要なのでぜひ法人税減税を、ということを某K団連あたりや某K産省あたりのひとが吹きこんで、安倍総理としては、他にすがるものがない中で焦って指示を出しているのではないか、というのがゴゴ個人の超憶測です。

(消費税増税による景気影響には万全の用意をしていますよ、というためのネタ・セリフを作れるかどうかがイシューになっているんじゃないの?ということです。ここに至れば、これまでの成長戦略と同じく、全体的実効性はなくてもまとめた役人勝ち、うまく乗っかった企業勝ちです。)

というワケで、こういうスジ悪な税制パッケージが三本の矢の目玉の一つとして残るのか、それとももっとまっとうな別の経済政策が打ち出されるのか、法人税減税をまつわる議論は、安倍総理の資質と日本経済の先行きを占う大きな試金石になるような気がします。

なお、豆知識ですが、税制については、自民党税調、その中でも隠然たる影響力を持つ「インナー」と呼ばれる一部議員での議論でほぼ年内に決着がつくクローズドで特殊な世界になっています。(ここでの結論が、そのまま税制改正法案として国会提出され、議決される流れ)なので、年末、自民党税調において法人税減税についてどんな方針が打ち出されるのか、要チェックですよ!


(蛇足のヨタ話)

ちなみに、安倍総理の資質については、あくまで直感ながら、ゴゴ個人的にはややネガティブな予想をしています。多分、純粋にいい人・真面目な人だけど、リーダーかくあるベしといった家系的な影響か、難しい判断を自分の責任で決めるというスタイルにとらわれて、結果的にスジのつながらない決断を一人でしてしまう傾向があるような気がしています。これまでのところ、前政権の時の経験でそこは慎重になっていると思いますが、やっぱりどこかで出てくるんじゃないかと。。。うまく麻生さんと二人三脚で安定的にやれればいいのですけどね。ま、単なる外野のヨタ話です。

(12月4日補足)
自民党税調で、法人税引き下げは中長期課題として見送りとなったようです。妥当な判断でしょうね。

ちなみに安倍総理についてですが、この記事の後に菅官房長官のお話を聞く機会があり、菅さんの非常に高いバランス感覚を伺い知るとともに、総理とタッグを組んで政策方針を決めているとの話だったので、ゴゴの勝手な憶測はどうあれ、ソツなく政権運営をこなしていくだろうとの安心感を今は持っています。というわけで、上記ヨタ話での不安定感についてはひとまず訂正です。

 

麻生大臣の記者会見録まとめ ~2013年8月・9月分~

麻生大臣の会見録まとめ、8月分・9月分をまとめてお届けです。(夏休みやら半期末のバタバタやらでサボってたら、あっという間ですね。。)

8月冒頭は「ナチス発言」を巡ってのなんやかやがありましたが、もはや忘却の彼方ですね。(こちらは、以前の記事をご確認ください。) 8月以降、メインテーマは法人税減税を巡ってのやりとりです。途中、これまた忘却の彼方の「はだしのゲン」絡みの小ネタも入れてありますが、法人税減税を巡っての情勢推移は、なかなか興味をそそられます。(特に20日のやりとりに注目。)

スジは麻生大臣にあるとゴゴは思うのですが、政府内でどんな駆け引きがおこなわれているのでしょうか・・・?いずれ麻生さんには回顧録でも書いてほしいところです。


(紹介するのは、あくまでもゴゴの独断でピックアップした一部分ですので、元の会見録を見たい方は、財務省のHPをご覧ください。)

***

8月15日
問) お盆明け以降ですけれども、秋の臨時国会に向けて成長戦略関連で投資減税の議論がこれから本格化していくと思います。その際、法人税の実効税率引下げも検討対象としていくお考えがあるか否か、その点について伺わせていただきたいと思います。

答)  あの新聞の記事はどこでしたか。書いた人いませんか。財研の記者をとばして勝手に書くのですか。そんなことはないでしょう。財研の誰も知らない間にあの記事が出たんですか。財研が無視されて書かれたということですか。そういう記事をどういうネタをもとにして書かれたんですか。記事を書いた社に聞いた方がいいですよ。


8月27日
問)  
漫画のはだしのゲンの閲覧制限の問題について御見解をお伺いしたいのですけれども、御存じのとおり島根県の松江市教育委員会が過激な表現があるということで、いったん小中学校に対して閲覧制限を申し出て、昨日に撤回しました。麻生大臣は、以前に外務大臣をされていた時の国際会議で、はだしのゲンの紹介をされていたかと思うんですけれども、この一連の動きについて改めて御見解をお聞かせいただけますでしょうか。
 ※この後のやりとり省略

答) 
あの本が出た頃に私達はその世代にいましたから、毎週連載されていましたので読んでいましたけれども、それに関して読むのを禁止するとかという話をするのでしたら、もっとほかにも禁止した方が良いものが、成人向け漫画の方がよほどあるのではないですか。自民党で、ポルノコミックというものに関して、成人向けにするということを検討した時は、一部のマスコミは反対でした。(中略)はだしのゲンの時代というのは、今そんなに読まれているのかどうか知りませんけれども、あの時代はそういうものが多かったですし、あれから40年ぐらい経っていますから、随分時代が変わったとは思います。 


9月13日
問)  
法人実効税率の引下げというのは、総理が考える満足いくパッケージ(ゴゴ注:消費増税の影響も踏まえた経済政策パッケージのこと)の条件なのかどうかというところについても、御見解をお聞かせください。

 答) 
法人実効税率については前々から話をしていると思いますけれども、まず企業の7割が法人税を払っていない欠損法人ということになっていますから、効果は極めて限られていると思います。国際競争にさらされているからどうのこうのという話をよく言われる方もいらっしゃるのですけれども、国際競争によって法人税がというような話の企業というのは全企業の4分の1くらいでしょう。だからそういった意味では、我々としてはそういったものはあまり、それだけのために他のものも全部というのはいかがなものかというのが2点目です。3点目は、法人税を1%仮に下げると約4,000億円の財源が要るのだと思いますので、4,000億円のお金と言えば結構大きいですよ。(中略)私共の考えているのは基本的に法人税というのではなくて、例えば投資減税とか償却というものを、償却は物によって4年だったり8年だったり10年と、いろいろ物によって違うのですけれども、国によっても違いますので、国際の平均並みにしてくださいというような希望、それの方がよほど即効性があります。(以下略)

問) 
法人税の関連で復興特別法人税の前倒しの終了というのは今後検討され得るのかという点と・・・(以下略・アメリカの財政問題にからんだ別質問)

答) 
少なくともまず復興財源の話からいくと、復興法人税の前倒しでの終了というお話は一部の方から出ているというのは知っています。しかし、消費税を上げて企業の法人税を下げるという話が世間で通る話ですかね。私はそこのところは、マスコミから最もたたきやすい良いネタを提供するみたいな話なのではないのかなと。一般的に消費税を上げておいて復興財源の分で法人税だけ下げてしまうというのは、少し私のセンスではないなという感じがします。それが1点。ほかのやり方はいろいろあるのだと思いますけれども。 (以下略)


9月20日
問) 一昨日の18日に、大臣は、総理と官邸でお会いになっておられますけれども、法人税の問題に関して、総理からはどのような指示があったのでしょうか。

答) 
10日にお目にかかった時の政策パッケージの話が、主たる話だったと記憶しています。

問) 
報道によりますと、復興特別法人税を予定よりも1年早く終了すること、あるいは法人実効税率を主要国並みに引き下げるということについて検討するよう総理から指示があったと伝えられていますけれども、大臣のお考えをお聞かせください。

答) 
様々な報道が今、いろいろ出されているのは知らないわけではありませんけれども、現時点でそれに対してコメントできるという段階ではありません。

問) 
法人税の引下げについて考え方をお聞かせください。経営者の経験もある大臣ですが、法人税の引下げ、実効税率の引下げを含めて、それによる効果というのは一体どういうところにあるのだとお考えでしょうか。

答) 
法人税を引き下げた場合に、その引き下げた分によって会社の中に出た利益をいわゆる設備投資に回す、また雇用の増大、給与の引上げ等々にきちんと回るという保証を経営者がしますかね。それが確実にできるものでしょうか。ただただ内部留保がたまるということになるのでしたら、今ある約280兆円と言われているものが単に積み上がるだけということになるのでは、およそ意味がないと。間違いなくそれが設備投資、なかんずく人件費に回るという保証がないとなかなか問題だと思いますから、そこの点がきちんとつながるという保証というものを我々としては期待する、探すということになります。方法・手段は、いま一つよく見えませんね、私らから言わせると。企業が約束しますと言って本当にするでしょうか。まずしません。どこのマスコミも給与は高いのでしょうけれども、それを上げてくれるという保証をしますかねと言えば、企業の経営者から見たら政府の関与する話ではない、ここは自由主義経済であって統制経済ではないですと。企業の人件費の上げ下げまで政府に干渉されてたまるかというようなことを言う経営者がいてもおかしくないですよ。ですから、法人税というものを仮に下げるということになった場合、その分を何にどのように使うという保証、確約というものが要るという点が1点、もう1点はそれを受け止めた方の経営者側がどう思うかという点も両方考えておきませんと、この話はそんなに簡単に、はいというような話で、すぐ効果が出てくる種類の話ですかねと。いわゆる普通の話とは別に言われれば、そういったところが問題点としてはあるのではないかなとは思います。

問) 
先ほどの質問と一緒なのですけれども、復興特別法人税について大臣はどのようにお考えでしょうか。

答) 
復興特別法人税はあと1年ということになるのですが、これが約8,000億円あるのだと記憶しておりますが、これを前倒しで終了するという話というのがないわけではありませんけれども、いろいろな御意見がよく言われているところです。仮定の質問ですので、なかなかコメントのしようもないのですけれども、これもきちんと人件費なり給料のアップにつながるという保証が、いま一つ見えないのですね、私には。それをきちんとやってくれますかというのであれば、傍ら復興に関しては、復興特別所得税というものが25年間かかっていますからね。その25年で約7兆円の部分が、復興にかかっている分をみんなで払っているわけですから、法人だけというのであれば、人件費に回るという保証があるならまだ理屈が立ちますよ、払っている人の分が増えるわけですから。その分があるのだったら、それなら理屈は立つとは思いますけれども、ただ下げると。下げた分の余剰の分はどこに回るのかということが、内部留保ということになるのでしたら、それはなかなか世間はとおりにくいだろうなという感じはしますので、私はそこは人件費に回るという保証がないと、なかなか難しいなという感じがします。


 
9月27日
問) 
昨日大臣も出席をなされた自民党税調において、復興特別法人税の1年前倒しでの廃止というものを検討するよう政府側から税調の方に要請がなされたと思うのですけれども、大臣はかねてより復興増税の廃止に関しては慎重なお考えを述べられてきましたが、そのお考えはお変わりになったのでしょうか。また、与党内は、まだ慎重論、反対論が非常に根強いと思うのですが、そういった声を受けてこの案を撤回あるいは修正されるという可能性はあるのでしょうか。

答)  
自民党の税調に財務大臣、大蔵大臣が出て話をしたというのは過去にほとんど例はありません。いずれも増税のお願いに行ったというのが1度か2度あったと思いますが、減税のお願いに行ったことは1回もありません。それが歴史です。したがって、私共の答えもはっきりしていますから、復興特別法人税の扱いについては、これはいろいろな観点から今後また議論していくことは必要だと思いますが、政府・与党一体となって前へ進めていくということに関しては、はっきりしており、必要なことだとは思います。

問) 
法人実効税率本体そのものについてですけれども、大臣はずっと長期的な課題であるということを仰られてきたと思うのですが、今度打ち出される経済政策の中ではどのような方針が示される見通しなのでしょうか。

答) 
法人税の実効税率に関しては、いわゆる国際競争の観点からですとか、これは前々からある話ですので、私共としては、これは何を国際標準とするかは別にして、いろいろな形で国際標準に合わせてとか、デファクト・スタンダードに合わせてとかいろいろ表現をしていますけれども、そういったものに合わせてやっていくという話は中長期的な視点としては考えなければいけません。これには直間比率の見直しというところも併せて考えなければいけないのであって、ヨーロッパの場合は低くても間接税の比率が十何%、20%という中にあっての話と、我々共のようにまだ5%のところでやっているところと条件が違いますので、そういった意味でも1点。また、いわゆる低福祉、中福祉、高福祉、どれをとりますかという点も考えた上で判断をしなければいけないところなので、この話は中長期的には検討をしておかなければいけない大事な観点だと思います。今の段階で実効税率の面でいけば、法人税1%で約4,000億円ですかね、そういった額になりますので、仮に10%とすれば4兆円という法人税の減税を行う場合には、それに合わせて代わりになる財源がどこか出てこないといけません。そうすると法人税の対象を広めますかという話に関しては、これはなかなか議論の分かれるところだと思いますので、中長期的な課題だとは思いますけれども、今すぐというようなことを考えているわけではないということです。

 
プロフィール
むかし経産省、その後リクルート、40過ぎで特にあてもなく会社辞めて今は半分主夫・子育てしながら色々会社手伝ったりで今のところプラプラしてるおっさん。 面白い案件なら経営一般・組織人事系or政策関係のコンサルやらベンチャーの管理部門系のお手伝いできるかもです。ご相談ある方は下記アドレスにお願いします。 gogot(at)io.ocn.ne.jp
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