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ゴゴトモヒロがモノゴトの本質を考えるブログ

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韓国経済への邦銀の資金供給拡大は、経済政策的に見るとどうなのよ?という話し

先日、知人にお誘いいただき、経済政策について久しぶりにいろいろと語りあう機会がありました。そこで聞いた興味深い話として、邦銀が韓国企業に対する資金貸付を拡大させているというハナシがありました。確かに、少し調べてみると、韓国の金融資本はもともと脆弱で、欧州系をはじめ外国資本が韓国金融のベースになってたのですが、欧州危機で彼らがリスク縮小のために手を引いたところに、邦銀が代わって入り込んでいる、という状況のようです。

(少し古いですが、例えばこんな記事)
邦銀に商機、3メガバンクが韓国向け融資を急拡大
 
(その他、各行の動き)
三井住友のリリース
みずほのリリース

知人は、この状況に対して、二つの観点で大きな懸念を語っていました。まず一つは、この邦銀の貸出先として、日本企業にとって競合となる韓国企業に対して資金供与していることです。電機、プラントや製鉄など、様々な製造分野で日本企業と競合している韓国企業は、海外でも旺盛な投資拡大を図っており、そこに貸付需要を見て邦銀も貸し込んでいるのですが、それにより、邦銀にとって古くからの顧客であるはずの日本の企業(加えて、関連する裾野企業も)、ひいては日本人の雇用に対してネガティブな影響を与えているということです。もう一つは、一部の韓国企業は世界景気の変動や各国進出先での過剰な設備投資等により自らの財務状況を悪化させており、邦銀自身にとっても貸出リスクが高まっている、ということでした。



ゴゴがウレシク感じたのは、経済政策に絡んできちんとカネの流れを追いかけて動いている経済人がまだいる、ということでした。邦銀が自らの商売として韓国の企業に貸付を行うことは、まあ勝手と言えば勝手ですし、日本企業ももっと頑張れよ、という面もあるとは思いますが、単なるイデオロギー的な嫌韓論ではなく、日本経済に対する実利の問題として、こうしたネガティブな状況に対して、経済政策としてどのような手を打っていくのかという視点で考えることは重要な問題だとは思います。

最近は経済政策というと「ベンチャー支援」「○○特区」「グローバル化対応」など、アイディア政策的なものがもてはやされるような印象がありますが、日本に入ってくるカネ、日本から出て行っているカネをきちんと把握したうえで、どこを活発にしてどこを抑えるべきなのか、そういう商売人的な視点(国家レベルでの)でもって、地道に企業に働きかけていくことの方が、経済政策を考えていく上で必要なことなのではないかと思います。現に、これまで何度も「○○成長戦略」や「雇用創出○○万人」みたいなスローガン政策が打ち上げられてきましたが、まったく何にもなりませんでした。

(ちなみに、意外に思う方も多いかもしれませんが、経済政策に携わる官民のメンバーといっても、カネの流れをきちんと押さえて経済政策を考えている人はあまり多くないんじゃないかと思います。国際収支統計とかみたこともない人も結構いるんじゃないですかね。そういえば、かつてM&Aファンドや株式市場について全く理解のない発言をして、問題になった某事務次官もいましたね。。)

下手をすると単に政治的な議論におわってしまいがちなアイディア政策議論にとどまらず、国内外で今、どこをどのようにカネが流れていて、何を抑えればその流れがどう変わるのか?という、「渋い」経済政策がなされていくことを期待しています。頑張れ!

セレンディピティと哲学的思考力

「セレンディピティ」という言葉を聞いたことってありますか?「偶然をうまく機会ととらえることによる成功」あるいは、「幸運をつかみとる能力」(by Wikipedia)みたいなイメージで、まあそういうことってあるよな~と感じつつも、個人的にはいまいち掴みきれない概念でした。

今日たまたま、日経ビジネス・オンラインの記事、「セレンディピティとイノベーション」を読み、セレンディピティの源泉は、哲学的思考力なのだ、ということがアタマの中でつながり、やっとこの概念の持つ意味が腹に落ちて分かったので、今回は、偶然的な発見・成功と哲学的思考力がどうつながっているのかについて、できたてほやほやの個人的理解をお話しします。

「セレンディピティとイノベーション」(日経ビジネス・オンライン記事。閲覧には無料会員登録が必要です。)
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20131001/254080/ 


ここで紹介されている話では、道路の白線用に使われる、とある高価な物質の代替品の開発検討をする中で、化学物質の専門家ではない参加メンバー(女性バレリーナ)が雪が降ってくるのを見たことをきっかけに、技術開発の方向がまったく当初の想定外の方向で進んでいく、というエピソードが紹介されています。 ちょっと出来すぎな話のようにも感じられますが、「雪は結晶が光を乱反射するから白く見える」という小話をきっかけに、開発検討のスコープが広がっていったことが示されています。

このエピソードを読んでゴゴが理解したことは、セレンディピティの発現は、単に偶然をうまくとらえるといった神秘的なことではなく、自らが探究している課題と、一見そこにつながらない物事(偶然の出来事)との間の、本質部分における共通性を感じ取れるかどうかにかかっているのだ、ということです。逆に言えば、自ら抱える課題の本質の姿を捉える力がなければ、セレンディピティは発現しない、と言えます。

こうしたモノゴトの根源的な本質を掘り下げる能力というのは、「哲学的思考力」に密接につながっていると思います。これまでも何度かゴゴログ内で触れていますが、一般に「実用的でない」と思われている哲学とその思考法とは、哲学とは昔の偉い人が言った小難しい概念を覚えて理解することではなく、自らが対峙している事象や課題の表層をはぎ取った「本質の姿」は何か?を掘り下げる学問・行為です。そして今回、こうした思考力こそ、偶然の出会いを含めた様々なモノゴトを、イノベーションやクリエイティブな思考へとつなげる重要なカギだと、一つ理解が進んだように思います。 

あらためてまとめを書くと、「セレンディピティを得るには、哲学的思考力が欠かせない」、ということです。


ちなみに上記の記事の中で、「『理論は経験から帰納的に出てくる』というのは間違い」というフレーズが出てくるのですが、個人的な「アンチ・ロジック一辺倒」主義と重なって、非常に脳ミソに刺さりました。新規ビジネスの可能性を、データとロジックの積み上げのみで実証を求められて苦しんでいる、感性派の方々に捧げたく思います。(笑)


(参考)哲学・哲学的思考に触れた過去記事。
「本質を創造的に考えるための脳みその使い方」
「大学に行って何の役に立つのか(その3)」

消費税増税タイミングと経済成長への影響

税制ネタ続きでスミマセン。消費税増税について、友人とFB上で議論になった話がそのままにしておくのがもったいなかったので、こちらに残しておきます。ちなみに、ゴゴは消費増税に賛成、友人Kはこのタイミングでの消費税増税に反対、という立場で、消費税増税を判断する「18条条項」を巡っての議論の一部です。

***

(友人K)
財政均衡しないと国債暴落ってずっと言われていますが、アベノミクスで大幅金融緩和=財政均衡しない政策しても金利は上がらず、景気も回復傾向な訳です。やっぱり財政均衡よりデフレ対策が先、というのが正解かと思います。

CPIがプラスといっても、原発停止で燃料費が増えてのCPI(ゴゴ注:消費者経済指数のこと。いわゆる物価水準のこと)上昇であって、コアコアCPI(ゴゴ注:市況での変動が大きい生鮮食料品とエネルギー関連消費を除いたCPI)はまだマイナスの状態に増税してたら18条の意味なしでしょう。

(ゴゴ)
K、コアコアとか見てんの?マニアックだねえ。
おっしゃる通り、18条解釈として現状をどう見るかは判断の分かれ目だと思うよ。

ちなみに、個人判断としては、

・コアコアは依然マイナスだけど、足元の回復は続いている


・増税はCPIを一時的に下げる影響はあるけど、回復へのベクトルには影響しない。(マクロ経済学的には、水準効果はあるが成長効果には影響しない、という考え方。)


・アベノミクスは経済成長への実態がなく、どのみち長続きしないので、この機会を逃すと増税タイミングを失う可能性が高い。


え、先行き不透明なのにここで増税でいいの?って思うだろうけど、長期的な経済低迷のトレンドの中で、どこかではやるしかないと思ってるので、そもそも個人的考えではデフレ傾向かどうかは関係ないのよね。上でも言ったように、税率は水準効果しかもたないので。
(もし成長効果に影響するならば、税率の低い国ほど経済成長率が高いはずだけど、そんなワケないよね。)
 
 ***

このやりとりを残したかったのは、赤字部分の「水準効果と成長効果」 という概念をふと思い出したからです。 

役所時代、「何が経済成長をもたらすのか?」という、仕事柄当然な関心をもって手にとったのが、
・経済成長理論入門

経済成長理論入門―新古典派から内生的成長理論へ
チャールズ・I. ジョーンズ
日本経済新聞社
1999-09


という本でした。この本、数式もあるにはあるのですが、そもそもがなるべく数式的表現を排除して、経済成長に関する理論を分かりやすく伝えることを目的として書かれているので、数式部分を読み飛ばしても理解できて、かつ知的刺激を受けられる良書です。

技術水準や教育水準、イノベーションが、なぜ・どのよう経済成長につながるのかといった、感覚的には分かるけど理屈的には知らない話や、政府による経済政策の効果と限界といった内容についてきちんと説明されており、マクロ経済的なものに対する見方・考え方について、ゴゴ自身の大きな土台になっています。
 

で、 ブログ書くにあたって多分
10数年ぶりに本棚から手にとったのですが、「水準効果と成長効果」って、まとまった記述は少なくて、本の端々にでてくるくらいなんですね。それでも、ある要素や政策が、
 経済成長に対して持続的な効果をもたらすのか(=成長効果)、
 経済水準を上げるものの成長持続効果はないか(=水準効果)、
という概念の違いが成長理論の中での問題意識として伝わってくるもので、当時、そうした概念の違いを知ったことや、問題意識そのものが自分の中に結構刺さっていたのだと思います。

仕事も変わって使うこともないのに、ふとした瞬間にこんなワードが自然と思い出されるのって、不思議なものですね。

ちなみに、この本を久々に開いて最初に飛び込んできた一文、1999年3月付の、原著者チャールズ・I・ジョーンズによる日本語版への序文-
「・・・過去50年間の日本経済のパフォーマンスは、経済成長の最も目を見張る歴史的偉業の一つであった。(略)

それにも拘わらず、この例外的な成長が鈍化するのは、予測できることである。この成長を終わりに導く力が自然と働くと見通すことは、現代成長理論の偉大な成果の一つである。(略)」 

15年後の今、これをどう受け止めたら良いのか戸惑いますが、なんとも不思議な感慨を覚えます。。。
何ともしまりがつかない終わり方ですが、今回は、これにて。

 

消費税増税、その次の攻防は? ~法人税減税議論について考える~

来年4月の消費税増税、やっと正式決定されましたね。最後の最後まで悩んで決めた、という体をとったようですが、4月の増税は盆明けくらいからは規定路線で、むしろ、政治的攻防は、法人税減税にとっくに移っていたとみるのが妥当な見方だと思われます。

昨日アップした麻生大臣の記者会見録をみても、法人税減税に関するやりとりに関する緊張感というか、麻生さんの歯切れの悪さが高まっていく様子がうかがえます。法人税減税に関しては、復興増税の前倒し廃止や実効税率の低減など、いろんな方向性が取りざたされていますが、一般論として、麻生大臣もバックの財務省もあまりスジがいいとは思っていないと感じ取ることができますし、ゴゴ個人としても、麻生さんが夏前から一貫して記者会見で話していたことは、概ねまっとうな話だと思っています。

また、政策論も経営の現場もよくわかっている周囲の知人たちはいずれも、現状語られている法人税減税の方向性(ベンチャーや「先進的な」設備投資に対する減税や、給与支払い増加の場合の減税)が経済成長につながるとの政策的実効性については懐疑的です。

※ちなみに、ゴゴは法人税減税が全て無意味、とは思っていません。ちょっと振れた話ですが、海外からの直接投資(FDI)に限って呼び水的に減税を認めるのであれば、既存税収を毀損することなく追加投資を期待することが可能です。ま、それはそれで議論を呼んでしまうでしょうが、いずれにせよ、ロクなグローバル戦略もなければ、そもそも納税してもいないような企業を対象に、海外とのイコールフッティングでの法人減税なぞ、猫に小判な話でしょう。


さてさて、にも関わらず、なぜ「ナンセンスな」法人税減税についてが議論の対象になっているのか?これはもはや、経済的なスジ論を超えた、政治的レトリックの戦いになっているのではないかとゴゴは推測します。冒頭紹介の麻生大臣記者会見録によると、8月10日の安倍総理との会談の中で、「政策パッケージ」について話題に上ったとの話しがあります。

この「政策パッケージ」とは、アベノミクスの三本の矢のうちの三本目、経済成長路線へと日本を導く政策群のことであり、消費税増税による経済へのマイナスインパクトが予想される中、これを補ってさらにプラスアルファとなるような経済政策のこと指します。

しかしながら、日銀の「異次元」金融緩和に始まったアベノミクスも、いざ本丸の経済政策の中身に関しては内外からの評価が芳しくなく、「解雇特区」やら、亜流のネタばかりで目玉がない状況のようです。こうした中で、消費税増税だけでは景気が冷え込んでしまい、総理-自民党の政治責任につながる、ここは企業活動の活性化が必要なのでぜひ法人税減税を、ということを某K団連あたりや某K産省あたりのひとが吹きこんで、安倍総理としては、他にすがるものがない中で焦って指示を出しているのではないか、というのがゴゴ個人の超憶測です。

(消費税増税による景気影響には万全の用意をしていますよ、というためのネタ・セリフを作れるかどうかがイシューになっているんじゃないの?ということです。ここに至れば、これまでの成長戦略と同じく、全体的実効性はなくてもまとめた役人勝ち、うまく乗っかった企業勝ちです。)

というワケで、こういうスジ悪な税制パッケージが三本の矢の目玉の一つとして残るのか、それとももっとまっとうな別の経済政策が打ち出されるのか、法人税減税をまつわる議論は、安倍総理の資質と日本経済の先行きを占う大きな試金石になるような気がします。

なお、豆知識ですが、税制については、自民党税調、その中でも隠然たる影響力を持つ「インナー」と呼ばれる一部議員での議論でほぼ年内に決着がつくクローズドで特殊な世界になっています。(ここでの結論が、そのまま税制改正法案として国会提出され、議決される流れ)なので、年末、自民党税調において法人税減税についてどんな方針が打ち出されるのか、要チェックですよ!


(蛇足のヨタ話)

ちなみに、安倍総理の資質については、あくまで直感ながら、ゴゴ個人的にはややネガティブな予想をしています。多分、純粋にいい人・真面目な人だけど、リーダーかくあるベしといった家系的な影響か、難しい判断を自分の責任で決めるというスタイルにとらわれて、結果的にスジのつながらない決断を一人でしてしまう傾向があるような気がしています。これまでのところ、前政権の時の経験でそこは慎重になっていると思いますが、やっぱりどこかで出てくるんじゃないかと。。。うまく麻生さんと二人三脚で安定的にやれればいいのですけどね。ま、単なる外野のヨタ話です。

(12月4日補足)
自民党税調で、法人税引き下げは中長期課題として見送りとなったようです。妥当な判断でしょうね。

ちなみに安倍総理についてですが、この記事の後に菅官房長官のお話を聞く機会があり、菅さんの非常に高いバランス感覚を伺い知るとともに、総理とタッグを組んで政策方針を決めているとの話だったので、ゴゴの勝手な憶測はどうあれ、ソツなく政権運営をこなしていくだろうとの安心感を今は持っています。というわけで、上記ヨタ話での不安定感についてはひとまず訂正です。

 

麻生大臣の記者会見録まとめ ~2013年8月・9月分~

麻生大臣の会見録まとめ、8月分・9月分をまとめてお届けです。(夏休みやら半期末のバタバタやらでサボってたら、あっという間ですね。。)

8月冒頭は「ナチス発言」を巡ってのなんやかやがありましたが、もはや忘却の彼方ですね。(こちらは、以前の記事をご確認ください。) 8月以降、メインテーマは法人税減税を巡ってのやりとりです。途中、これまた忘却の彼方の「はだしのゲン」絡みの小ネタも入れてありますが、法人税減税を巡っての情勢推移は、なかなか興味をそそられます。(特に20日のやりとりに注目。)

スジは麻生大臣にあるとゴゴは思うのですが、政府内でどんな駆け引きがおこなわれているのでしょうか・・・?いずれ麻生さんには回顧録でも書いてほしいところです。


(紹介するのは、あくまでもゴゴの独断でピックアップした一部分ですので、元の会見録を見たい方は、財務省のHPをご覧ください。)

***

8月15日
問) お盆明け以降ですけれども、秋の臨時国会に向けて成長戦略関連で投資減税の議論がこれから本格化していくと思います。その際、法人税の実効税率引下げも検討対象としていくお考えがあるか否か、その点について伺わせていただきたいと思います。

答)  あの新聞の記事はどこでしたか。書いた人いませんか。財研の記者をとばして勝手に書くのですか。そんなことはないでしょう。財研の誰も知らない間にあの記事が出たんですか。財研が無視されて書かれたということですか。そういう記事をどういうネタをもとにして書かれたんですか。記事を書いた社に聞いた方がいいですよ。


8月27日
問)  
漫画のはだしのゲンの閲覧制限の問題について御見解をお伺いしたいのですけれども、御存じのとおり島根県の松江市教育委員会が過激な表現があるということで、いったん小中学校に対して閲覧制限を申し出て、昨日に撤回しました。麻生大臣は、以前に外務大臣をされていた時の国際会議で、はだしのゲンの紹介をされていたかと思うんですけれども、この一連の動きについて改めて御見解をお聞かせいただけますでしょうか。
 ※この後のやりとり省略

答) 
あの本が出た頃に私達はその世代にいましたから、毎週連載されていましたので読んでいましたけれども、それに関して読むのを禁止するとかという話をするのでしたら、もっとほかにも禁止した方が良いものが、成人向け漫画の方がよほどあるのではないですか。自民党で、ポルノコミックというものに関して、成人向けにするということを検討した時は、一部のマスコミは反対でした。(中略)はだしのゲンの時代というのは、今そんなに読まれているのかどうか知りませんけれども、あの時代はそういうものが多かったですし、あれから40年ぐらい経っていますから、随分時代が変わったとは思います。 


9月13日
問)  
法人実効税率の引下げというのは、総理が考える満足いくパッケージ(ゴゴ注:消費増税の影響も踏まえた経済政策パッケージのこと)の条件なのかどうかというところについても、御見解をお聞かせください。

 答) 
法人実効税率については前々から話をしていると思いますけれども、まず企業の7割が法人税を払っていない欠損法人ということになっていますから、効果は極めて限られていると思います。国際競争にさらされているからどうのこうのという話をよく言われる方もいらっしゃるのですけれども、国際競争によって法人税がというような話の企業というのは全企業の4分の1くらいでしょう。だからそういった意味では、我々としてはそういったものはあまり、それだけのために他のものも全部というのはいかがなものかというのが2点目です。3点目は、法人税を1%仮に下げると約4,000億円の財源が要るのだと思いますので、4,000億円のお金と言えば結構大きいですよ。(中略)私共の考えているのは基本的に法人税というのではなくて、例えば投資減税とか償却というものを、償却は物によって4年だったり8年だったり10年と、いろいろ物によって違うのですけれども、国によっても違いますので、国際の平均並みにしてくださいというような希望、それの方がよほど即効性があります。(以下略)

問) 
法人税の関連で復興特別法人税の前倒しの終了というのは今後検討され得るのかという点と・・・(以下略・アメリカの財政問題にからんだ別質問)

答) 
少なくともまず復興財源の話からいくと、復興法人税の前倒しでの終了というお話は一部の方から出ているというのは知っています。しかし、消費税を上げて企業の法人税を下げるという話が世間で通る話ですかね。私はそこのところは、マスコミから最もたたきやすい良いネタを提供するみたいな話なのではないのかなと。一般的に消費税を上げておいて復興財源の分で法人税だけ下げてしまうというのは、少し私のセンスではないなという感じがします。それが1点。ほかのやり方はいろいろあるのだと思いますけれども。 (以下略)


9月20日
問) 一昨日の18日に、大臣は、総理と官邸でお会いになっておられますけれども、法人税の問題に関して、総理からはどのような指示があったのでしょうか。

答) 
10日にお目にかかった時の政策パッケージの話が、主たる話だったと記憶しています。

問) 
報道によりますと、復興特別法人税を予定よりも1年早く終了すること、あるいは法人実効税率を主要国並みに引き下げるということについて検討するよう総理から指示があったと伝えられていますけれども、大臣のお考えをお聞かせください。

答) 
様々な報道が今、いろいろ出されているのは知らないわけではありませんけれども、現時点でそれに対してコメントできるという段階ではありません。

問) 
法人税の引下げについて考え方をお聞かせください。経営者の経験もある大臣ですが、法人税の引下げ、実効税率の引下げを含めて、それによる効果というのは一体どういうところにあるのだとお考えでしょうか。

答) 
法人税を引き下げた場合に、その引き下げた分によって会社の中に出た利益をいわゆる設備投資に回す、また雇用の増大、給与の引上げ等々にきちんと回るという保証を経営者がしますかね。それが確実にできるものでしょうか。ただただ内部留保がたまるということになるのでしたら、今ある約280兆円と言われているものが単に積み上がるだけということになるのでは、およそ意味がないと。間違いなくそれが設備投資、なかんずく人件費に回るという保証がないとなかなか問題だと思いますから、そこの点がきちんとつながるという保証というものを我々としては期待する、探すということになります。方法・手段は、いま一つよく見えませんね、私らから言わせると。企業が約束しますと言って本当にするでしょうか。まずしません。どこのマスコミも給与は高いのでしょうけれども、それを上げてくれるという保証をしますかねと言えば、企業の経営者から見たら政府の関与する話ではない、ここは自由主義経済であって統制経済ではないですと。企業の人件費の上げ下げまで政府に干渉されてたまるかというようなことを言う経営者がいてもおかしくないですよ。ですから、法人税というものを仮に下げるということになった場合、その分を何にどのように使うという保証、確約というものが要るという点が1点、もう1点はそれを受け止めた方の経営者側がどう思うかという点も両方考えておきませんと、この話はそんなに簡単に、はいというような話で、すぐ効果が出てくる種類の話ですかねと。いわゆる普通の話とは別に言われれば、そういったところが問題点としてはあるのではないかなとは思います。

問) 
先ほどの質問と一緒なのですけれども、復興特別法人税について大臣はどのようにお考えでしょうか。

答) 
復興特別法人税はあと1年ということになるのですが、これが約8,000億円あるのだと記憶しておりますが、これを前倒しで終了するという話というのがないわけではありませんけれども、いろいろな御意見がよく言われているところです。仮定の質問ですので、なかなかコメントのしようもないのですけれども、これもきちんと人件費なり給料のアップにつながるという保証が、いま一つ見えないのですね、私には。それをきちんとやってくれますかというのであれば、傍ら復興に関しては、復興特別所得税というものが25年間かかっていますからね。その25年で約7兆円の部分が、復興にかかっている分をみんなで払っているわけですから、法人だけというのであれば、人件費に回るという保証があるならまだ理屈が立ちますよ、払っている人の分が増えるわけですから。その分があるのだったら、それなら理屈は立つとは思いますけれども、ただ下げると。下げた分の余剰の分はどこに回るのかということが、内部留保ということになるのでしたら、それはなかなか世間はとおりにくいだろうなという感じはしますので、私はそこは人件費に回るという保証がないと、なかなか難しいなという感じがします。


 
9月27日
問) 
昨日大臣も出席をなされた自民党税調において、復興特別法人税の1年前倒しでの廃止というものを検討するよう政府側から税調の方に要請がなされたと思うのですけれども、大臣はかねてより復興増税の廃止に関しては慎重なお考えを述べられてきましたが、そのお考えはお変わりになったのでしょうか。また、与党内は、まだ慎重論、反対論が非常に根強いと思うのですが、そういった声を受けてこの案を撤回あるいは修正されるという可能性はあるのでしょうか。

答)  
自民党の税調に財務大臣、大蔵大臣が出て話をしたというのは過去にほとんど例はありません。いずれも増税のお願いに行ったというのが1度か2度あったと思いますが、減税のお願いに行ったことは1回もありません。それが歴史です。したがって、私共の答えもはっきりしていますから、復興特別法人税の扱いについては、これはいろいろな観点から今後また議論していくことは必要だと思いますが、政府・与党一体となって前へ進めていくということに関しては、はっきりしており、必要なことだとは思います。

問) 
法人実効税率本体そのものについてですけれども、大臣はずっと長期的な課題であるということを仰られてきたと思うのですが、今度打ち出される経済政策の中ではどのような方針が示される見通しなのでしょうか。

答) 
法人税の実効税率に関しては、いわゆる国際競争の観点からですとか、これは前々からある話ですので、私共としては、これは何を国際標準とするかは別にして、いろいろな形で国際標準に合わせてとか、デファクト・スタンダードに合わせてとかいろいろ表現をしていますけれども、そういったものに合わせてやっていくという話は中長期的な視点としては考えなければいけません。これには直間比率の見直しというところも併せて考えなければいけないのであって、ヨーロッパの場合は低くても間接税の比率が十何%、20%という中にあっての話と、我々共のようにまだ5%のところでやっているところと条件が違いますので、そういった意味でも1点。また、いわゆる低福祉、中福祉、高福祉、どれをとりますかという点も考えた上で判断をしなければいけないところなので、この話は中長期的には検討をしておかなければいけない大事な観点だと思います。今の段階で実効税率の面でいけば、法人税1%で約4,000億円ですかね、そういった額になりますので、仮に10%とすれば4兆円という法人税の減税を行う場合には、それに合わせて代わりになる財源がどこか出てこないといけません。そうすると法人税の対象を広めますかという話に関しては、これはなかなか議論の分かれるところだと思いますので、中長期的な課題だとは思いますけれども、今すぐというようなことを考えているわけではないということです。

 

2020年という、一つの未来 ~東京オリンピック招致決定がもたらしたもの~

2020年東京オリンピック招致、きまりましたね。
決まる前は、「最後はほかのところになんじゃねーの?」なんて、少々冷めた気持ちでいたのが正直なところですが、そんなこといいつつ早朝から中継を見てしまい、開催決定の瞬間、予想外にかなり熱い気持ちになりました。決まるまでの数分間、「もし東京に決まったら、どこまでウレシイと感じるんだろう?」と、あまり現実感がなかったのですが、いざ決まった時の喜びは、自分でも意外なほどでした。

FBなどでも、喜びお祝いの言葉とともに、2020年の自分や子どもの年齢、その時の状況に思いをはせるコメントが多々見られます。 自分自身にとっても、7年後の社会や自分、子どものことなど、2020年の未来というものが、これまでにないリアリティになって迫ってきています。


ゴゴがお世話になっている方が、「コミットメントというのは、未来に向けて投げる宝石だ。」と話してくれたことがあります。それまで自分にとって「コミットメント」というのは、果たさなければならないものとして迫ってくる、重苦しく避けたいものだと考えていましたが、師曰く、「自分がありたい将来のビジョンを描いて、そこに向けて何かをコミットすれば、未来が近づいてくるに従って描いたビジョンが現実のものとして自分に向ってくる。コミットメントとは、少なくとも自分にとってはとてもワクワクする、キラキラしたイメージである。」と。

 オリンピックの招致に関しては、賛否いろんな意見があると思います。汚染水の問題が残るなか、福島の状況を置いて東京は大丈夫というような言説を不快に思う方、財政問題が厳しい中、また借金を増やすのかと不安に思う方、そうした意見や問題意識は、決して簡単にかき消されて良いものではないと思います。しかし、それでも東京オリンピックが決まったことで、絶対に良かったと感じたことがあります。それは、オリンピックの是非に関わらず、2020年という一つの未来に向けて、多くの人たちが自らの将来にビジョンを感じ、そこに向けて何らかのアクションを取ろうと考えるきっかけになったことです。

7年も先の将来を、しかも同じ2020年という未来を、多くの人たちが同じくありありと感じるという機会は、そうはないと思います。自身の記憶をたどっても、そんな年は、21世紀を迎える2001年くらいしかありませんでした。小中学生のころの自分にとって、2001年は、遠いけれども何となく期待を感じる未来でした。結局、21世紀になったからといって世の中が大きく変わったわけでも、とても素晴らしことがあったわけでもないですが、それでも、将来に期待を描けるということは、とても素晴らしいシアワセなことだと思います。

今日の興奮は、明日からの生活のなかで日々薄れていくでしょうし、逆にオリンピック開催にまつわる様々な問題もだんだんと出てくるでしょう。しかし、2020年に向けてひとりひとりが思い描いたこと、そこに向けて投げたコミットメントは、いずれ現実のものとしてやってきます。

今日、オリンピック招致が決まった。これをきっかけに、日本中で、2020年の未来に向けた無数のキラキラしたコミットメントが投げられた。このこと自体は、ひとりひとりの人生にとって、そして日本の世の中にとって、必ずやプラスになるものだと思います。そうした意味で、東京でのオリンピック開催が決まったことは、本当に良かった。

さて、2020年に向けて、どんなコミットメントを投げようか。。。
 

「超個人的」アート論 ~いま、アートに期待すること~

今回のゴゴログは、「モノゴトの本質」というブログテーマをちょっと無視して、ゴゴの個人的なアート論についてのお話です。過去のエントリーでも、アートや感性に関連した記事をあげていますが、あらためて、なぜアートに関心をもつのかについて、書いてみたいと思います。

まず、「アートに関心がある」といいながら、じゃあどの作家の、どんな作品が好きなの?と問われても、ゴゴは実は大して詳しくありません。例えば絵画なら、基本的には写実的な作品よりは抽象的な描画の方が好きで、古典的な作品よりは、現代のアート作品に関心がある、という程度のスタンスで見ているくらいです。

その程度でなんでアートが好きかというと、これから述べることと少し矛盾した「理屈っぽい」話になるのですが。。人間には理性と感性がありますよね。その中で、現代というのは、理性的なものに価値を寄せすぎて人間的に窮屈になっているのでは、というゴゴの個人的な仮説認識とセットになっています。現代社会というは、近代以降の科学の進歩を中心に、合理性・論理性を 磨き上げ、その延長の中で発展してきた社会です。そのため、感情的なふるまいよりも論理的な判断が重視され、「間違いでないこと・正解であること」こそが、価値あるものであるという考え方に偏っていると、個人的には捉えています。

しかしながら、人間というもの、理性だけでは成り立ちえない存在だと思います。ロジックだけですべての物事の良し悪しがきまる世の中って、楽しいですかね?理屈に合わないと分かっていても、つい感情や感性を優先して行動してしまうことに、結構面白さがあるものだと思いませんか? そして、そうした自らの自由な感性に従って個人が行動した先に、それまでの理屈では見えていなかった、あらたな世界や価値観が立ち現われてくることもあります。これこそ、世の中に進化やイノベーションをもたらす源泉ではないかと、勝手な仮説を持っています。

なので、これも何度も書いていますが、ロジカルシンキング万歳、統計学万能、みたいな「論理が全て」といった考え方は大嫌いで、これに対するアンチテーゼとして、アートの存在価値に期待を寄せているという、「理屈っぽいアート好き」ということなのです。アート=芸術というのは、究極的には、論理=言語を介さない表現行為であり、舞踏、音楽、絵画・彫刻など、その価値が言葉による説明を超えたところにあるもの、というのがゴゴの個人的解釈ですが、その存在や表現自体が、理屈によらずに直接的に他人の感性に訴えかけ心を動かし、論理では引き出せない人間的エネルギーを引きだす、これこそアートの価値だと思っています。

さらに、こうした理解のもとで、「現代アート」の価値が何かと考えると、一見して理解しがたい表現の中に感じる心地よさや楽しさ、あるいは逆の不快感が、なぜそう感じられるか、あるいはその作家がなぜそうした表現手法を取ったのかを、逆に論理的に掘り下げていく(=批評する)なかで、それまでのリクツでは気づかれていなかった、人間行動や心理を動かす新たな要素や方法論の理解につながるカギになりうる存在である、というのが これまた個人的な解釈です。


さて、このように考えていくと、現代アートの「現状」については、実は不満を感じています。それは、社会の論理偏向に対峙する存在として、あるいは、人間の内側にある未知の行動・反応を引き起こす、「感性のイノベーター」としての役割を正面から引き受けることなく、「私小説」的な個人ワールドを、あえて意味不明な表現に落とし込み、場合によっては深い意図もなく「無題」と銘打って、まるで他者を突き放したようなスタンスで小さな宇宙の中で満足しているように感じられてしまう作品が、少なからず見受けられるからです。別の言い方をすれば、自らの外の世界に対する「問題提起」が感じられない、ということです。

自分自身を含めた「普通の人」が不勉強で単に理解が足りていないだけかもしれませんが、一方で 現代のアートシーンも、世の中に対して、正面から感性をゆさぶる表現やコミュニケーションにチャレンジしているかと言えば、そこは全体論としては、努力不足だと言って過言ではないと思います。(もちろん、個々の作家では、そうしたチャレンジに心血注いている人もいると思いますが。)ある意味、工業製品であるiPhoneの方が、説明を必要としないシンプルかつ直感的な操作方法に意外なオドロキと心地良さをもたらした点で、よっぽど「芸術的」であったように、ゴゴには感じられます。

芸術的な創作活動というのは、個人の内面から湧き上がる独特の感性の発露・表現であることに価値があるのであって、他人や世間を驚かせることのみを狙った過激な表現をするは本末転倒ですが、やはり、単に個人的世界の表現にとどまることなく、人間社会にとって何らか新しい価値を切り開いて見せるのだというプライドをもってチャレンジしてほしい、それがゴゴが現代アートに求めることです。そして、そうしたアートが発展する素地は、今の日本に満ちてきていると、勝手に期待しています。

これからはアートの時代ですよ、多分。


以上、超個人的なアート論でした。 

「タクシーの減車義務化」は妥当な政策か

「タクシー減車義務化へ」「規制緩和、抜本見直し」つい先日、タクシー台数を地域毎に管理し、台数制限を義務付ける法案がこの秋の臨時国会に提出される、とのニュースが流れました。これは、問題と打ち手がズレてるんじゃないの?ってのが今回のテーマです。

2002年の規制緩和で、タクシー台数の増減が届け出のみで自由に行えるようになったことから、以後タクシー台数が増加する一方、マーケット全体は経済低迷の中で縮小し、それに伴ってタクシー運転手の平均年収も、かつての300万円台から、いまでは250万円程度に下がっており、収入確保のために無理な長時間勤務をすことによる事故も増えている、ということが問題背景にあるということです。

しかし、何か変だと思いませんか?そんなに儲からないのに、タクシーの台数はどんどん増えている?なぜそうなるのでしょうか?

経済学に、「限界利益」という概念がありますが、例えばタクシー会社がもう一台車両を増やした時に、追加的にいくら儲かるか?が限界利益です。利益率にこだわらず、利益の絶対額を最大化するならば、限界利益が0、つまりこれ以上タクシー台数を増やしても儲からないところまで増車すればいい、ということです。つまり、タクシー会社はそれなりに儲けているのだろう、ということです。

利益を引き上げるレバーは限界利益だけではないので、マーケット全体も縮小する中、タクシー会社が増車でバンバン儲けている、ということは実際ないでしょうが、それでもタクシー運転手の苦境が伝えられる一方で、大手のタクシー会社が潰れそう、という話は聞いたことがありません。

ということは、タクシー業界においては、マーケットが苦しくなってくると、会社より先に運転手の方がシンドくなる構造にあるということです。多くの人が想像ついてると思いますが、タクシー運転手の収入は、固定分+運賃収入に応じた歩合分になっており、つまるところ、この固定分が低すぎることが、タクシー運転手の低収入の原因なワケです。

だったら、この固定部分を引き上げるような賃金規制を引けばいいんじゃないの?というのが、ゴゴログ的なインサイトです。

タクシー1台あたりの限界利益は、ざっくり言えば
(運賃収入−車両費・運行費−固定人件費)×(1−歩合率)
となりますが、固定人件費が高くなれば、現状では限界利益がギリギリプラスのタクシーは、マイナスに転じます。そうすると、運賃収入をあげるための努力をする(例えば、空車率を下げるためのIT投資をする)か、車両費や運行費を下げるコスト改善を考えるか、あるいは競争力のないタクシー会社は自主的に減車するかをしながら、新たな均衡点に向かうはずです。

こうした経営努力の中で、スマホで予約したらすぐ来てくれるサービスがうまれたり、コスト競争力で安い運賃を実現したりというサービス改善がうまれるワケです。それを求める前に、地域カルテル的な減車をさせるってのは、タクシー運転手を守るという大義名分のもとに、結局は努力しないタクシー会社を守るだけじゃないの?と感じてしまいます。

ちなみに、「規制緩和の失敗」のようなことがよく言われますが、参入規制の緩和と、安全規制の見直しをバランス良くしなかったことが問題であって、規制を元に戻すだけでは、何の社会的進歩もありません。それこそ、行政にも「経営努力」を求めたいところです。

「はだしのゲン」の問題の本質とは?

「はだしのゲン」が松江市の小中学校で閲覧禁止とされた問題、個人的にそんなに関心高いわけではないですが、ネタ枯れ気味なので、久々の記事アップのため、ちょいと取り上げてみます。

今回の話については、「はだしのゲンは、悲惨で強烈な描写があり、子どもの閲覧には問題がある」という趣旨で、松江市教育委員会が各学校に対し閉架扱いを要請したということに対し、これに対し、「はだしのゲンは、原爆の悲惨さを伝えるものであって、子どもであっても読む価値がある」といった観点からの批判が巻き起こっている、という状況のようですね。

つまり、「はだしのゲン」は、小中学生に読ませるべきかそうではないか、ということが論点になっているようで、今朝出がけに目にしたワイドショーでも、その観点から、街頭インタビューで双方の意見のコメントが取り上げられてました。

まあ、感覚的には、原爆投下の悲惨さを知ることの意義を考えて、閲覧禁止はどうなん?と個人的に感じるところですが、そうはいっても、子どもに悲惨な描写を見せるのはどうか?という意見も、意見としては理がないことではないので、内容・描写の是非を言い争ったところで、結論の出る話ではありません。そう、内容の是非に関する「価値観」を問うても仕方がないのです。

この問題の本質は、個人の価値判断ではない、学校組織の運営や生徒個人の「知る権利」に影響を及ぼす行政方針の決定について、どのようなプロセスと、どのような判断材料でそうした決定をしたのか、その2点における妥当性に関わることだとゴゴ的には考えます。
(その意味において、有楽町や新橋駅前で適当に聞けた街頭インタビューを垂れ流すのは意味があるのかと思うのですが、誰がこういう手法を考えたんでしょう?アメリカにいる時に、ニュースでこうした街頭インタビューを見た記憶はないのですが、日本独自の手法なんですかね?)

そうした点で、まずもってマスコミ的に調査し、報道すべきは、松江市教育委員会が、どうプロセスで今回の決定がなされたのか?ということです。で、さくっとグーグルさんに聞いてみたら、NHKはちょいと価値ある報道をしてくれてました。
・「はだしのゲン」閲覧決定は事務局決定
 http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130820/k10013906771000.html

つまり、教育委員会として通知したとされている「閉架要請」が、実は教育委員会としての正式な意思決定を経ずに、「事務局」が勝手に流していた、というハナシらしいです。この記事の中では、「○○教育長は、『要請に関して教育委員を交えて議論する義務はないが、反応の大きさを考えると報告するべきだった』と話しています。」とも報じられています。

ここで、勘のいい人は、逆にさらに混乱してきたのではないでしょうか。「え、教育委員会要請なのに、教育委員は議論してないの?」「教育委員会があって、それとは別に『事務局』があるの?」「『教育長』は、教育委員に報告すべきだったと言っているけど、教育長は事務局の人?教育委員会の人?」不思議なことだらけです。

この先は、ゴゴはうまく説明できない摩訶不思議さですが、まず、「事務局」とされているのは、都道府県レベルでは「教育庁」という名称を持つことが多い行政執行組織であり、「教育長」は、その執行機関の部門トップということです。一方、教育委員会は、行政トップの指揮権から独立して執行機関の監督を行う機関であり、「教育委員長」は、「教育長」も1委員とするなかでの、委員会の長です。つまり、教育長と教育委員長は別の人です。で、教育委員会は最高意思決定機関のようであるけれども、そこの決定を経なくても、執行決定はできるということ・・・?のようです。

ここから見えてくるのは、執行機関と監督機関が形式的には分離されているが、実際にはガバナンスが効いていない、という構造的な欠陥です。生徒個人の知る権利を制限する決定にもかかわらず、「教育委員を交えて議論する義務はないが」というなら、教育委員会に図る義務があることはいったい何なんでしょうか?

この教育委員会の形骸化は、松江市に限ったことではなく、戦後の教育行政に関わるさまざまな過程を経て、現在のような意味の分からない組織になっているようです。教育行政はすべて知事・市長の指揮下にあるのだという独裁的な考え方には真っ向反対ですが、一方で、現状の教育委員会制度は全く機能しておらず、抜本的見直しをすべきというのがゴゴの考えです。


さて、この意思決定プロセスのズサンさで、これ以上言うこともないくらいですが、仮にこれが教育員会の正式討議を経て決定されていたとした場合であっても、なぜ、こうした大きな制限(学校内に限るとはいえ、閲覧禁止という個人の行為制限に類する決定)をしたのか?という点についても、確認が必要なことだと思います。

表面的に伝わってくる話では、「子どもが見るには悲惨すぎて不適切な描写がある」という理由のようですが、具体的に、そうした描写による具体的な問題はなんだったのか?ということです。これが、事務局担当であれ、教育委員であれ、その人々の「個人的な価値観」を判断材料に決定したものであれば、行政決定として、まったく正統性がありません。少なくとも、自分自身小学生時代に読んだ記憶がありますが、自らの精神発達に悪影響を及ぼしたと思うことはありません。

一方で、こうした決定をするに至った背景として、例えば子どもが「はだしのゲン」を読んで、面白半分で誰かをバカにしたりするような問題が発生していた可能性もありますし、非常に多くの保護者・市民から、「問題だ」とする意見があったのかもしれません。一律の閉架措置は行き過ぎかもしれませんが、決定背景として考慮すべき問題があって、きちんとした意思決定プロセスで決められた話なら、たとえば低学年の生徒が読む場合には、親や教師が何らかの配慮をするというのは、検討すべきことだともいえます。それを、「はだしのゲンは子どもであっても読む価値があるのだ」と批判するのは、これまた逆に、ひとつの個人的価値観の押し付けにすぎません。

いずれにせよ、なぜ今回のような決定を行うにいたったのか、その課題背景としてどのような事実があったのかなかったのかをきちんと調べて報道することは、マスコミが本来なすべきことだとゴゴは考えます。
(不確かな情報ですが、反戦=左翼的思想に反感を持つ右翼系団体が圧力をかけていた、というハナシもあるようです。これが理由というは個人的には眉唾ですが、何を材料に今回の決定を行うにいたったのか、興味のあるところです。)

というワケで、ネタ切れの中での埋め草程度に思った話が長くなってしまいましたが、漫画の内容のいい悪いではなくて、行政決定としてのプロセス・背景理由の妥当性を考えましょうね、というハナシでした。

 

麻生大臣の記者会見録まとめ ~「ナチス発言」臨時版~

麻生大臣のナチスに関する発言についての、定例記者会見でのやりとりを抜粋してご紹介します。

基本的に麻生ファンではありますが、全体の文脈に関わらす、「ナチス政権の手口に学んだらどうか」との発言はアウトですな。ご本人もそれでそこは撤回しているわけで、それ以上でもそれ以下でもなし。

これを材料に叩いてやろうとしているマスコミについては、いつものことかとある意味笑えるくらいですが、逆に、全体見れば意図は違うのだから問題ない、なんてワケのわからない擁護をしている人の方が、ゴゴ的にはハタ迷惑に思えます。そうやって外野でワーワーやってたら、つまらない話にいつまでも引きずられやろ、と。

しかし、マスコミってのは、「謝罪」が好きですね。謝ったら謝ったで、それを材料にもうひとタタキできるのかもしれませんけど。ナチス発言で中韓政府に謝罪しないのかって、ひょっとして高度なギャグなんでしょうか?(冷笑)


(紹介するのは、あくまでもゴゴの独断でピックアップした一部分ですので、元の会見録を見たい方は、財務省のHPをご覧ください。)

***

8月2日
問) 7月29日の講演で、改憲の論議に絡んでですが、ナチス政権の手口に学んだらどうかという、そこだけの一句が取り上げられて、かなり海外から、国内もそうですけれども批判を呼んでいます。これについて、昨日コメントはいただいたんですけれども、改めて発言を撤回された経緯と、なぜ撤回されるという御決断に至ったのか、御説明いただけますでしょうか。

答) 7月29日にどれだけの方が出ておられたか知りませんけれども、あの会議では憲法改正の話が主に出ていたんだと思います。憲法改正というのは喧騒、狂騒、そういった状態で決めるべき話ではないと。極めて静かなうちに論議をしないと大変なことになると言いまして、あそこに出ていた方にしたら、麻生太郎は憲法改正反対みたいに思った方が、そういうようにとられた方がいらっしゃるかもしれません。しかし、私が言ったのは、わあわあ騒ぎの中で決めるべきではないという話でして、その中でドイツではワイマール憲法という立派なものが第二次欧州大戦が始まる前にきちんとしていたんだと思いますが、そのワイマール憲法というものによって、選挙によってヒトラーという独裁者が選ばれたんです。そして選ばれた後、わあわあと大変な騒ぎになっている中、その狂騒の中でいつの間にかナチスというものがわーと出てくることになったということで、ああいったものは悪しき例として我々は学ばなければいけないということを申し上げたんです。ワイマール憲法、ナチスというところが非常に問題、例としては不適切だというお話だったので、私がそこで取り下げますと言ったのは、ワイマール憲法、ヒトラーを例示したのは、強調するために申し上げたんですけれども、そこを言われましたので、そこを取り下げる。ワイマール憲法、ヒトラーのところを取り下げるということを申し上げたので、憲法改正というのは落ち着いた中で、静かな中で考えるべきだということに関して撤回するつもりはありません。

問) 昨日、発言を撤回されましたが、発言されたことを受けてアメリカの民間団体や中国や韓国の政府の反発がありました。御自身の発言が与える外交への影響についてはどのようにお考えでしょうか。

答) 私としては最初に申し上げた、ナチス政権の例示を挙げたということに関しては誤解を与えることになったと思いますので撤回をすると申し上げたので、別に憲法改正というのは落ち着いた議論の中でやるべきだということに関して撤回するわけではありません。それは昨日も申し上げたとおりだと思っています。今、外国からいろいろあるんだというお話でしたけれども、ナチス政権を、私の発言を全部読んでもらっても正当化するような発言は全く出ていませんし、例として挙げたことが誤解を招くということになった点は撤回しますということを申し上げたので、真意は十分に御理解いただけているものだと思っています。

問) 先ほど大臣、撤回したということをおっしゃられたんですけれども、30日に米国ユダヤ人人権団体のサイモン・ウィーゼンタール・センターが非難する声明を出しましたが、こちらの団体に対して別途御発言を謝罪する意思はございますか。

答) ありません。私の場合は昨日申し上げた、撤回をするということを申し上げたということを繰り返すだけです。

問) 念のため確認で、別途、謝罪する意思、撤回する意思はないということでよろしいでしょうか。

答) 私がナチス政権を例を引いたということに関し誤解を招いたということに関して、私としては甚だ遺憾だと思いますし、同時にその点に問題が起きたというんですから、ナチスの政権を例示として挙げたことを撤回しました。

問) また別途、誤解を招いてしまったことに対して、こちらの団体に謝罪、撤回する意思はございますか。

答) ありません。

問) 韓国、中国の政府も大臣の意見に対して批判するコメントを出していますが、こちらに対してはまた謝罪、撤回する意思はございますか。

答) 今、答弁したとおりです。外国だから謝罪する、こっちだったら謝罪しない、そんなことはありません。みんな私の言っていることは同じです。 
 
プロフィール
むかし経産省、その後リクルート、40過ぎで特にあてもなく会社辞めて今は半分主夫・子育てしながら色々会社手伝ったりで今のところプラプラしてるおっさん。 面白い案件なら経営一般・組織人事系or政策関係のコンサルやらベンチャーの管理部門系のお手伝いできるかもです。ご相談ある方は下記アドレスにお願いします。 gogot(at)io.ocn.ne.jp
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